戦争と平和、そして無記

国際政治や歴史、およびその根底にある人類の心のメカニズムについて考察していきます。

第九十回 一人でやる民主主義(4)

1.人間の厄介な宿命 前回のブログでは、自分の外にある価値「 」(かっこ内)に、何を入れようが構造としては変わらないということについて述べた。外にある価値を追い求める限り、それに伴って自分自身はおざなりになる。つまり虚ろになる。自己の空虚さ…

第八十九回 一人でやる民主主義(3)

1.「転回」の重要性 前回のブログにおいて、書き込み欄にJobimさんという方が感想を書いてくれたが、そこに興味深いテーマが見えたので、今回はそこから話を始めてみたい。Jobimさんは次のように書いている。 「金融の世界から時々垣間見えるこの世の中は…

第八十八回 一人でやる民主主義(2)

1.未来を夢想して今を犠牲にするという暴力 これまでの民主化運動は、「より良い未来」を目的としたものであった。それは現状に欠陥を見出した理想家が、大衆に対して「より良い未来」を提唱し、働きかけるものであった。それは善意による働きかけであった…

次回アップロードは11月15日の予定です。 しばらくお待ちください。

第八十七回 一人でやる民主主義(1)

1.発芽としての「分断」 前回述べた通り「一人でやる民主主義」という言葉は語義矛盾である。「民」には人間集団という意味が当然に含まれているからだ。だが、現在の人間社会における閉塞状況が人間に求めている転換は、この語義矛盾の実践によって成し遂…

第八十六回 イランとアメリカ、なぜ対立するのか ~その歴史的関係性(30)

1.イランの歴史から見える三つのパターン 前回までは、第三次世界大戦の引き金になりうるアメリカとイランとの対立関係について見てきた。両国の対立については大手メディアも頻繁に報じており、世界中の注目が集まっている。しかしメディアは両国の政治的…

第八十五回 イランとアメリカ、なぜ対立するのか ~その歴史的関係性(29)

1.兵糧攻めとその先にあるもの これまでイランとアメリカの蜜月の歴史、および対立の歴史を見てきた。それは従属と蜜月が同じであり、独立と対立が同じであるという歴史であった。複雑に利害が絡み合った歴史のようであるが、その実、「利害」という点では…

第八十四回 イランとアメリカ、なぜ対立するのか ~その歴史的関係性(28)

1.イランがとった国際妥協路線 どこの国もそうだが、イランも一枚岩ではない。保守派もいれば革新派もいる。反米派もいれば親米派もいる。様々な民族がおり、宗教も統一されていない。内部分裂は深刻であるから、あちらを立てればこちらが立たない。つまり…

第八十三回 イランとアメリカ、なぜ対立するのか ~その歴史的関係性(27)

1.イデオロギーは信じるものではなく利用するもの 前回のブログで紹介したように、アメリカは他国に対してこれまで248件の軍事介入を行い、第二次世界大戦以後に限っても、37ヵ国で2000万人以上を殺害したそうである。なぜアメリカはそのような殺人国家な…

第八十二回 イランとアメリカ、なぜ対立するのか ~その歴史的関係性(26)

1.テヘランの壁画 これまでイランとアメリカの対立の歴史について長々と述べてきた。なので、読者の方々はイラン人がアメリカに対して怨恨を抱く理由についてはよくご存知であろう。イスラム革命以来、現在に至るまで、イランとアメリカは国交断絶の状態に…

第八十一回 イランとアメリカ、なぜ対立するのか ~その歴史的関係性(25)

1.解放と抑圧の革命政府 「毒を呑むよりつらい」と表現しながら、ホメイニーは国連安保理決議598号を受諾した。こうして「イラ・イラ戦争」と呼ばれた8年間の戦争が終わった。正確な死者数はいまだに不明であるが、少なく見積もっても、イラン人75万人、イ…

第八十回 イランとアメリカ、なぜ対立するのか ~その歴史的関係性(24)

1.両方負けるための戦争 前回のブログで述べた通り、国連安全保障理事会は1987年7月20日、イラン・イラク戦争を終わらせるために598号決議を採択した。これは両国に即時停戦を求め、国境線を戦争前の状態に戻すというものであり、応じない場合は経済制裁を…

第七十九回 イランとアメリカ、なぜ対立するのか ~その歴史的関係性(23)

1.虚ろな国の虚ろな大統領 王が統治する国を「王国」と言い、王を持たない国を「共和国」と言う。王のいない国、すなわち「共和国」では主権者は国民である。その国では王がいないから、国の舵取り役は主権者である国民によって選ばれる。国民から選ばれた…

第七十八回 イランとアメリカ、なぜ対立するのか ~その歴史的関係性(22)

1.イラクのヒロシマ通り イラクのハラブジャ(Halabja クルド語Helebce)という町に、Hiroshima Street(ヒロシマ通り)という道がある。ハラブジャの人々にとって、広島は心の町である。ただ、日本人にとっては、ハラブジャは馴染みのない町であろう。広…

第七十七回 イランとアメリカ、なぜ対立するのか ~その歴史的関係性(21)

0.もとに戻る 今回からイランの近現代史シリーズに戻りたい。第七十回ブログの続きである。 1.「血の町」から日本へ ホッラムシャフル(Khorramshahr)は「心地よい町」という意味だ。イラクとの国境線に近い町で、人口は約30万、港湾の町として栄えた。…

第七十六回 命の選別とトリアージ(4)

1.スナップショットは断片でしかない 命は大切である。しかしその大切な命を私は食べる。主客二元論ではこの難問を解くことはできない。解けないことは、妙な開き直りの方向へ人を誘う。「命は大切だ」と思いながらも弱肉強食、強者の暴力を容認するという…

第七十五回 命の選別とトリアージ(3)

1.社会的対立は個人の心の中にある矛盾の反映である 「命の選別」という言葉は、人の心にさざ波を起こす。今回の大西つねき氏の問題も、その「さざ波」の奔流のままに進み、除籍処分によってなし崩し的に終わりを迎えた。世の中はこれで問題終結と見なした…

第七十四回 命の選別とトリアージ(2)

1.洗脳解除 前回のブログで述べたように、大西つねき氏は形だけ当選しても満足しない。こう言うと、他の立候補者も次のように言うだろう。「私も形だけの当選は目指していない、当選して政策を実行するのが目標だ」と。 普通の政治家は政策が第一だと言う…

第七十三回 命の選別とトリアージ(1)

0.予定の変更 今回からイラン近現代史に戻る予定であったが、予定を変更し、今回と次回の二回に渡り、大西つねき氏の「命の選別」発言について考えていきたい。 1.騒動の経緯と訣別の原因 れいわ新選組所属の政治家、大西つねき氏の「命の選別」発言につ…

第七十二回 報道しない奴隷とその脱却法(2)

1.奴隷という鏡 日本政府が打ち出している観光需要喚起政策である「GoToキャンペーン」は、1.7兆円という大規模予算による政策だそうだ。これが政府と電通との共同事業であることは、勘のいいひとなら新聞を見る前に気づいているだろう。そういう人からす…

第七十一回 報道しない奴隷とその脱却法(1)

0.予定の変更 前回までイランの近現代史について見てきた。イランという中東の一地域に過ぎない限定的な場所であっても、その歴史をつぶさに見てみると、そこにはGlobal経済の席巻が見て取れる。Global企業が国家と組み、合法的強盗がまかり通っているのが…

第七十回 イランとアメリカ、なぜ対立するのか ~その歴史的関係性(20)

1.奴隷制度のグローバル化 アメリカは資本主義の国である。しかし、この「資本主義」という言葉を「自由な経済競争」と見ると、本質が見えなくなってしまう。「資本主義」という言葉が世に出る前から、「自由な経済競争」は存在したからだ。江戸時代の商人…

第六十九回 イランとアメリカ、なぜ対立するのか ~その歴史的関係性(19)

1.独立闘争から分裂闘争へ 1979年11月4日、アメリカ大使館人質事件が起きた。この事件によってイランは国際的な非難を浴びたが、国内的には愛国心の高揚につながった。11月6日、バザルガン内閣は総辞職し、ホメイニーを頂点とする宗教指導者たちによる政治…

第六十八回 イランとアメリカ、なぜ対立するのか ~その歴史的関係性(18)

1.大使館という宝物庫 前回のブログではアメリカ人がイラン人を嫌う理由、および「アルゴ」についての二つの見方について考察した。そこでは「大使館」についての見方がキーポイントになると述べた。「大使館」という言葉はgoo国語辞書によると以下のよう…

第六十七回 イランとアメリカ、なぜ対立するのか ~その歴史的関係性(17)

1.アメリカがイランを嫌う理由 アメリカとイランは対立関係にある。この対立は最近はじまったものではなく、様々な要因が絡んでいる。ただ対立の歴史は平板なものではなく起伏があり、そこには象徴的な事件が存在する。対立を最も象徴する事件が、1979年11…

第六十六回 イランとアメリカ、なぜ対立するのか ~その歴史的関係性(16)

1.激化した民主化運動は予想と違った結果を招く イラン革命の大火は、1978年1月7日の新聞記事から始まったと見ていいだろう。この時の火はまだ小さなものに過ぎなかった。しかし、エッテラーアート(Ettela'at)の記事が発端となったコム(Qom 現在はゴムG…

第六十五回 イランとアメリカ、なぜ対立するのか ~その歴史的関係性(15)

0.前々回の続き 今回からイランの現代史に戻りたい。第六十三回ブログの続きである。 1.立憲民主制の終焉 1979年1月16日、イラン王であるモハンマド・パフラヴィーは、イランから出国した。王はその後イランの地を踏むことなく、翌年カイロで死去した。…

第六十四回 文春砲は牧場の柵内でのみ炸裂する

0.予定の変更 イランの現代史の続きについて書く予定であったが、今回は予定を変更し、検察官と新聞記者による麻雀大会について報じた「文春砲」について考察していきたい。 1.「ズブズブ」ではなく「同僚」 文春砲によって、黒川検事長と新聞記者による…

第六十三回 イランとアメリカ、なぜ対立するのか ~その歴史的関係性(14)

1.人権弾圧は石油によって容認される 1978年、コムのデモが発端となり、イランでは各都市で反政府運動が行われるようになった。首都テヘランでは、10万人規模のデモが行われるようになっていた。地方では各民族による自治権の拡大が叫ばれ、労働者はストラ…

第六十二回 イランとアメリカ、なぜ対立するのか ~その歴史的関係性(13)

1.燃え広がる火事を見ても危機感を抱けない 第六十回ブログで述べた通り1978年のイランにおいては、コムのデモが発端となり、各都市で反政府デモが巻き起こった。この状況下で1978年8月18日、アーバーダーンの映画館、シネマ・レックスで火災事件が起き、…