戦争と平和、そして無記

国際政治や歴史、およびその根底にある人類の心のメカニズムについて考察していきます。

第九回 トランプ政権、驚きの政策(その一)

 トランプ政権になって、ブッシュ父子のような強硬派でも実現しなかった驚きの政策が実行された。それが、エルサレムイスラエルの首都として認め、アメリカ大使館をテルアビブからエルサレムに移したことである。2017年12月6日、トランプは、エルサレムイスラエルの首都と正式に認める発言をした。その後、2018年5月14日、アメリカ大使館をエルサレムへ移転した。
 普通の日本人にはピンとこない話である。しかし、国際的には大事件であり、日本人の生活とも大いに関係がある。イスラエルは、もともと第二次世界大戦後に、パレスチナ人の土地を暴力で奪って建設した国である。自分の国土が1ミリもないのだから、人の土地を奪うしかない。それゆえ、そういう略奪行為の後、中東戦争レバノン内戦、ガザ攻撃などの様々な紛争が起こり、あの地域が慢性的な紛争地帯となった。パレスチナ人たちは自らの土地を奪い返すために政党を立ち上げ、それがPLOパレスチナ解放機構)となった。イスラエル政府は、それをテロリスト集団だと見なした。
 イスラエルでは、誰も住んでいない所有者なしの土地にユダヤ人が入植、あるいは合法的に土地を買い取って入植し、そこにイスラエルという国家が生まれたという嘘っぱちが正史となっている。それが、イスラエルの歴史の教科書に載っており、子どもたちにも教育されている。それゆえ、土地を暴力によって奪われ怒っているパレスチナ人は、イスラエルからすれば言いがかりをつけている狂人であり、イスラエルの政府が正式に認定するテロリストなのである。
 この慢性的紛争状態が奇跡的に解決されたのが、1993年9月13日のオスロ合意である。アメリカのクリントン大統領が仲介役になり、イスラエルのラビン首相とPLOアラファト議長ノルウェーオスロで会い、握手した。最初に手を差し出したのはアラファトで、ラビンは躊躇しながらその手を握った。確かにそうであろう。ラビンが握手をすれば、彼はイスラエルに帰った後にイスラエルの右派に殺されるかもしれないからだ。
 両者はオスロ講和に調印し、それまでお互いがお互いを国家ではなく、テロリスト集団だと認定しいていた見解を覆し、お互いを国家として認めることとなった。これで、イスラエルパレスチナは、お互いがテロ集団として罵り合うのではなく、お互いが認めあう独立国となった。これにより、1994年10月、ノーベル平和賞パレスチナアラファトイスラエルのラビンとペレスに与えられる。
 しかし、1995年11月4日、イスラエルのテルアビブにおける平和集会にてラビン首相は暗殺される。演説の後、拳銃で撃たれて死んだのだ。また、2004年11月11日にはアラファトが死去する(毒殺疑惑がある)。そうして、イスラエルパレスチナの関係は元の木阿弥となり、2009年3月31日、イスラエルの総選挙で右派のネタニヤフ政権が発足し、完全に内戦状態となる。ネタニヤフ政権はイスラエル国内に壁を設置し、パレスチナ領内に「入植」と称する侵略を繰り返す。パレスチナ人所有の農地に軍隊を入れて土地を暴力的に奪い取り、イスラエル人用の公営住宅を建てるのである。
 これはヒトラーが行ったこととまったく同じである。ヒトラーは政権を取った後、法改正し、国家がユダヤ人の財産を自由に没収できるようにする。そうやってナチス政権はユダヤ人の財産を没収し、ユダヤ人所有のマンションをドイツの公営住宅として、貧しいドイツ人に無料で住宅を提供した。これは、多くのドイツ人を感動させる政策であった。
 こうしたネタニヤフ政権の行いには国際的な非難が起こり、チョムスキーなどアメリカのユダヤ系知識人たちもイスラエルを批判するようになっている。なにしろ、やっていることがナチスと同じである。ナチスを恨むユダヤ系知識人たちが、ネタニヤフのやっていることを批判することは当然である。
 ちなみに、ベンヤミン・ネタニヤフも一筋縄ではいかない人物である。彼はイスラエルの右派政党であるリクードの党首であり、イスラエル首相であるが、父親のベン=シオンはアメリカのコーネル大学教授で、ベンヤミンも高校時代からアメリカで暮らしている。イスラエルは徴兵制があるので、彼はフィラデルフィアの高校を出てからイスラエルに帰国して軍隊に入り、徴兵が終ってからはアメリカに戻り、マサチューセッツ工科大学に入学する。大学卒業後はMITスローン経営大学院に入学、卒業後はボストンコンサルティングに就職する。当時の同僚に、後の共和党大統領候補で国会議員のミット・ロムニーがいたそうである。つまり、よくあるパターンであるが、彼はイスラエル人でありながら、同時にエリートアメリカ人なのである。
 こうした中で、トランプがエルサレムイスラエルの首都だと認めたということは、クリントン時代に成立したオスロ合意を完全に無効にし、エルサレムパレスチナ人との共同の都市ではなく、イスラエル単独の都市であり、イスラエルパレスチナ人などのイスラム教徒をエルサレムから追い出し、ひいてはイスラエルガザ地区も完全に手に入れ、パレスチナという国を完全に消滅させる権利を正式に持っているとアメリカが認めたということである。
 これはイスラエルの穏健派のユダヤ人も驚いた決定であった。イスラエルの中にも右派や左派、強硬派と穏健派がおり、穏健派のユダヤ人はパレスチナ人との共存を望んでいる。パレスチナを国家として認めるユダヤ人もいるのだ。オスロ合意に調印したラビンが所属していた党は労働党で、穏健派である。なので、イスラエル人であっても、労働党支持者や穏健な保守派はネタニヤフを代表とするリクードを支持しない。
 また、パレスチナ人にも強硬派と穏健派がおり、穏健派のパレスチナ人はユダヤ人との共存を望んでいる。それゆえ、トランプの決定はイスラエルリクードなどの強硬的右派だけに喜ばれるものであり、イスラエル全体の支持を得られるものでもなければ、アメリカのユダヤ人社会全体に支持されるものでもない。また、トランプの決定はパレスチナ人の人権を一切認めないものであるので、パレスチナの強硬派、穏健派双方から恨まれるものであり、エルサレムイスラムの聖地とするイスラム社会全体から恨まれるものである。
 これまで、ブッシュ父子のような、どんなに右派的な共和党政権であろうと、エルサレムイスラエルの首都だと認定し、大使館をテルアビブからエルサレムに移すことはなかったのは、そのためである。つまり、そんなことをすれば、大勢の人達を敵にまわすのである。シオニストであっても強硬派と穏健派がおり、決して一枚岩ではない。強硬派だけを喜ばせることをやっても多数派の支持は得られない。強硬派だけを喜ばせても、穏健派の反発をくらい、かつ全部のイスラム教徒を敵にまわす。そうなると、数的にはかえって大勢の支持を失うわけであるから、これまでのアメリカ大統領は、誰もそんなことはやらなかったわけだ。
 しかし、トランプの場合は平気でそれをやり、特に気にしている様子もない。トランプはもともと不動産会社の社長で、政治的、宗教的にはノンポリであるから、いきなり大統領になってからシオニスト右派を強力に援助するというのは、彼の考えというよりも、彼の上からの命令に従ってやっているのではないかと私は思う。
 NHKのニュース番組の解説員は、共和党の支持集団としてアメリカのキリスト教福音派があり、トランプは彼らの支持を得るためにイスラエル右派を援助する政策をしていると説明している。それは確かに間違いではなく、共和党の大統領候補は、彼らの支持がなければ大統領になれないし、大統領になった後も、彼らの支持がなければ自分の地位を保持できない。
 このカルト集団は、現在全米で7000万人いると言われており、アメリカの宗教団体では最大勢力だと言われている。このカルト集団が巨大化したのは20世紀に入ってからであり、その資金源はロックフェラー財団である。彼らは聖書の文言通りに事が運ぶことを望むので、ユダヤ教右派を支持しているというよりも、エルサレムから異教徒を追い出すイスラエルを支持しているのではないかと思われる。
 また、彼らは聖書の文言通りに、人類の最後はハルマゲドンが来て、地球が滅亡して自分たち福音派が天国に行けるということを信じているので、アメリカが核開発をして核戦争をすることに賛成している。核戦争で地球が滅亡し、自分達が天国に行って救われることを夢見ているのだ。それゆえ、福音派の連中から敵視されないようにするために、アメリカの大統領は共和党であろうが民主党であろうが、軍縮をして核ミサイルを減らすことは、なかなか難しい。
 しかし、NHKのニュース解説だけでは、これまでの共和党政権の全ての大統領が、イスラエルの首都をエルサレムだと正式に認めることを拒んできた歴史の説明とはならない。ブッシュ父子も福音派の支持を受け大統領になったわけだが、エルサレムを首都として正式に認めることはしなかった。また、トランプは共和党の強力な支援を受けて大統領に当選したわけではなく、共和党の幹部のほとんどがトランプを支持しなかった中で、彼は当選した。なので、トランプは福音派の支持を得るために親イスラエルの政策をしているのだという説明は、説明として嘘ではないが、一面的なものに見える。
 いくら娘婿の強硬派シオニスト、クシュナーがトランプの側近にいるとしても、これまでの共和党が決してしなかったことをやったということは、シオニストの政治信条がどうこうと言うより、さらに上の命令があってやったと考える方が合理的だ。トランプは上からの命令で、パイクの言う「意見の相違」を引き起こすために活動しているようにも見える。もしそうならば、中東の大戦争に近づくわけであり、日本人にとっても無関係な話ではない。