戦争と平和、そして無記

国際政治や歴史、およびその根底にある人類の心のメカニズムについて考察していきます。

第十回 トランプ政権、驚きの政策(その二)

 もう一つの驚きが、2018年5月8日、トランプ大統領によるイラン核合意(JCPOA Joint Comprehensive Plan of Action 包括的共同行動計画)の離脱表明である。これは世界的な大ニュースである。アメリカも含めて成立した2015年7月14日の核合意を、アメリカが一方的に抜けることとなったのだ。

 2015年のオバマ政権時に成立したイラン核合意(JCPOA)は、イラン、米、英、仏、独、中、露の7か国によって調印されたものである。これにより、イランは原子力施設を保持しても、濃縮ウランをつくることが不可能になった。

 一般の日本人にはよくわからないだろうが、問題は濃縮ウランなのである。核ミサイルを作るには、原子力発電所を持っているだけではダメで、核弾頭をミサイルの先端にくっつけるためには、ウランを濃縮し、小型パッケージ化しなくてはならない。それゆえ、原発以外にもウランの濃縮施設や濃縮したウランを核弾頭化する施設が、核ミサイルを持つためには必要である。核兵器には濃縮度90%以上のウランが必要だが、核合意では濃縮度3.67%までが許されることとなり、原子力エネルギーを発電に利用できても、核弾頭は作れないこととなった。

 2016年1月16日、イランが核濃縮に必要な遠心分離機などを大幅に削減したことをIAEA国際原子力機関)が確認し、発表した。つまり、イランの非核化が進んでいることをIAEA(つまりアメリカ)も認めたということである。これにより、米欧がそれまでイランに対して行っていた金融制裁や原油取引制限などの経済制裁を解除する手続に入った。これは、2013年に発足したイランのロウハニ政権による穏健政策の大きな成果でもあった。これにより、イランは強硬派のアフマディネジャド政権時代と違い、欧米との対話協調路線へと入ったのである。

 なお、イランのロウハニ大統領は、スコットランドグラスゴーカレドニアン大学の大学院を卒業し、法学博士号を取得しており、ペルシャ語アラビア語、英語の三か国語を話す国際派である。前任のアフマディネジャドはこれに対して、元イランの軍人であり、テヘラン市長を経て、大統領になったドメスティックで右派的な人物であると言われている。ロウハニ政権は、そうした右派的政権の反動で生まれた国際協調路線の政権である。

 アフマディネジャド時代は、イランと欧米は対立していたので、オバマ政権時もペルシャ湾の緊張状態があった。当時もイランに対する経済制裁があり、米軍のペルシャ湾での展開、ホルムズ海峡封鎖の危険性といった緊張状態があった。しかし、イランの政権がロウハニ政権へと変わり、極めて困難と思われていたイラン核合意(JCPOA)も成立した。それゆえ、イランを中心とする中東情勢は平和的な状態としてこのまま続くと思われていた。

 しかし、2018年5月8日、トランプ大統領アメリカの核合意離脱を表明した。7カ国合意からアメリカが離脱して、アメリカがイランに対して経済制裁を課すというのである。これには残りの6カ国が全て反発した。これまではアメリカと一心同体の関係にあると思われたイギリスでさえもアメリカを非難し、国連大使が国連でアメリカの核合意離脱を強く非難するという事態となっている。

 日本のニュース番組では、トランプはオバマが嫌いだから、オバマのやった政策は全てひっくり返すのだと言っていたが、それは説得力が薄い。イラン核合意は国内政策ではなく国際的な取り決めであり、アメリカも含めて決めたことをアメリカが覆せば、アメリカは国際的な信用を失う。また、イランが非核化して核武装しないということはイスラエルの安全のためであるから、親イスラエル政策を継続的にやっているトランプが「オバマが嫌いだから」という理由でイスラエルの安全を脅かすような政策をあえて実行することは道理にあわない。

 離脱後、5月14日に、トランプはアメリカ大使館をテルアビブからエルサレムへ移転しているから、まるで、あえてイスラム社会から恨まれるために政策を実行しているかのようである。その約一か月後、2018年6月12日、シンガポールにて第一回米朝首脳会談を行っているから、トランプは東アジアの緊張を解きながら、同時に中東の緊張を高めているようである。つまり、5月8日核合意離脱、5月14日大使館移転、6月12日米朝首脳会談の三つの事件は、バラバラに起きているのではなく、関連して起きているのである。

 これに呼応して、2018年7月19日には、イスラエルユダヤ人国家法が62体55で国会可決される。これはイスラエルという多民族国家イスラエルにはユダヤ人だけでなく、アラブ人などの様々な民族がおり、イスラム教徒もいればキリスト教徒もいる)を、ユダヤ人のための国家であると決める法律である。つまり、ユダヤ人以外のイスラエル人の人権を制限するという法律であり、まるでナチス時代のニュルンベルク法のようなとんでもない法律であるが、日本ではほとんど報道されていない。

 その後、2018年9月26日、国連総会において、トランプは会見し、「日本はすごい量の防衛装備品を買うことになった」と発言している。日本は2016年に成立した集団的自衛権関連の法律により、海外で軍事活動ができるようになったので、ホルムズ海峡での第三次世界大戦に備えて、「すごい量の武器」をアメリカから購入する契約をしたのかもしれない。

 こう考えると、北朝鮮のミサイルで日本の世論を煽り、集団的自衛権関連の法律を国会で可決させ、特定秘密保護法も可決させ、「すごい量」の武器を購入したという流れは、全て中東での戦争のためだと見ることもできそうだ。日本国民は、もしかしたら北朝鮮のミサイルによって騙されたのかもしれない。日本人の多くは、日本の防衛費増額、装備の刷新、補強は、中国や北朝鮮の軍事力に対処するものだと思い込んでいるが、実はユダヤイスラムとの大戦争に日本が巻き込まれる予定であるために、日本政府はそれを知って、計画的に軍事力を増強しているのかもしれない。

 その後、2019年4月8日、トランプ大統領は、イラン革命防衛隊を国際テロ組織に指定する。アメリカが他国の軍隊をテロ組織に指定したのは、これがはじめてのことである。これに対して、イラン国営メディアによると、イラン政府は中東に駐留するアメリカ軍をテロ組織に指定した。

 つまり、アメリカがイランを攻撃するとしても、それは国家と国家の戦争ではなく、テロ組織撲滅のための活動だとして武力行使できるということである。アメリカの法律では、アメリカがどこかの国と戦争をするには、相手国に宣戦布告をして、大統領が議会の承認を得る必要がある。大統領が好き勝手に戦争をすることは、アメリカの法律では不可能なのだ。しかし、相手が国家ではなくテロ組織なら、国家間の戦争ではないと言えるので、そういう面倒な手続きはなくとも、アメリカ大統領は相手を武力で攻撃できる。つまり、アメリカ軍は議会の承認を待つことなく、大統領の命令一つで手軽にイラン軍と戦うことができるようになったのである。戦争なら宣戦布告や議会の承認が要るが、テロ組織撲滅ならそういった手続は不要だからだ。

 2019年の5月になってから、緊張は一気に高まってゆく。2019年5月5日、アメリカ政府はペルシャ湾に空母(エイブラハム・リンカーン)と爆撃部隊を派遣、他方、イランは2019年5月8日、核合意(JCPOA)の制限を超える重水と濃縮ウランの海外移転を60日間止めると発表した。つまり、制限を超える量の重水と濃縮ウランは、そのままでは核ミサイル製造に使われる危険性があるため、イラン国内で保持してはならず、国外へ出されなければならない規定であったが、その規定を守らずに国内で貯めこむと発表したのだ。

 イランのロウハニ大統領はテレビ演説で「我々は一年待ったが何も得られず我慢の限界が来た」と言い、同時に、「欧州関係国や中露がイランの石油輸出と金融取引を保全することができれば、この決定を取り消す」と留保をつけている。つまり、60日後(2019年7月8日)までに欧州各国や中露がイランと原油取引を継続的に行うと約束してくれれば、核合意の制限状態に戻して、重水や濃縮ウランを国内に貯めこむことはやめるという話である。しかし、欧州や中露がイランと原油取引をするとアメリカの制裁が及ぶのだから、これは非常に難しい。7月8日までに核合意をしたアメリカ以外の6カ国が努力して、現在のアメリカの経済制裁を改めさせなければ、イランは核ミサイルの製造を本格的に行うという意味である。

 同日、アメリ国防省イラクアメリカ大使館、領事館職員に国外退避を指示する。翌日の5月16日、イラン外相がインドを訪れ、その後来日 安倍首相と会談。その後中国へ行く。5月18日、イラクエクソンモービル社員が退避を開始、5月19日、バグダッドのグリーンゾーン(アメリカ軍の施設が多く集まっている地帯)に何者からによりロケット弾1発が撃ち込まれる。

 5月20日、イラン原子庁がウラン濃縮施設の低濃縮ウランの製造能力を4倍に増強すると発表。5月22日、米国防総省、中東に5000人から10000人の増派を米中央軍から要請され検討。このように、あっというまに中東では危険な状態になってしまった。残念ながら、ちょっとした小競り合いが大戦争に発展してもおかしくないという事態になってしまったのである。