戦争と平和、そして無記

国際政治や歴史、およびその根底にある人類の心のメカニズムについて考察していきます。

第十四回 ホルムズ海峡におけるタンカー攻撃とバルーチ人組織

 ホルムズ海峡は世界の原油物流量の約5分の1が往来する海峡であり、日本にとっても流通の生命線である。そのホルムズ海峡において、昨日(2019年6月13日)、巨大なタンカー2隻が何者かによる魚雷または機雷の攻撃を受けた。

 1隻は東京都千代田区の海運会社「国華産業」が運航する、パナマ船籍のケミカルタンカー「Kokuka Courageous(コクカ・カレイジャス)」号で、サウジアラビアのアル・ジュバイル港からシンガポールへ2万5千トンのメタノールを輸送中に、エンジン付近に魚雷を被弾した。国華産業の堅田豊社長は、「エンジンに近い部分に砲弾を受け、外板が貫通した。機関室の鉄板まで近づいて、その火花で延焼が生じた。」と話した。乗組員21人は全員フィリピン人で、けが人はいないとのことである。

 もう1隻はマーシャル諸島船籍で、ノルウェーの船会社「フロントライン・マネジメント」所有の「Front Altair(フロント・アルタイル」」であり、UAEのルワイス油田地域で石油化学燃料であるナフサを台湾の高雄に向けて輸送中に、機雷の爆発によって炎に包まれた。船員の23人は全員脱出に成功した。

 これに関連して、ニューヨーク・マーカンタイル取引所原油先物相場は急反発し、指標の米国産標準油種(WTI)7月渡しが一時1バレル=53ドル台に値上がりした。なお、12日の終値は前日比2.13ドル安の1バレル=51.14ドルと、1月以来の安値水準だった。また、北海産プラント油は、一時、1バレル当たり4%以上で急騰した。

 現在のところ、どの国の、どの組織に属している人間が2隻のタンカーを爆弾で炎上させたのか、私には全くわからない。しかし、アメリカのポンペイ国務長官は緊急記者会見をひらき、「今回の攻撃について、アメリカ政府はイランに責任があると分析している」と発言し、「安部首相がイランに歴史的な訪問を行い、対話に応じるよう求めたのに、イランは拒絶し、日本のタンカーを攻撃し、日本を侮辱した」と発言した。

 これに対して、イラン政府は「アメリカの根拠なき主張を断固として認めない」と述べ、タンカー攻撃に対するイラン政府の関与を断固として否定している。また、イラン外務省の報道官は、ツイッターで「日本の総理大臣がイランの最高指導者と面会するのと時を同じくして、日本に関連するタンカーが攻撃されるという『怪しい事件』に懸念を表明する」と述べている。

 国連の安全保障理事会は、アメリカの要請を受けて緊急の非公開会合を開催し、アメリカのコーエン大使代行は会合後、「イランは攻撃を実行できる武器や専門知識、諜報機関による情報を有している」と指摘し、タンカー攻撃はイラン政府によるものだと示唆している。その一方、イラン政府に対して、アメリカ政府との交渉のテーブルにつくよう強く求めた。

 これに対して、イラン代表部は「イラン嫌いのキャンペーンの一つだ」と言及。「アメリカは核合意から不当に離脱したのに、交渉に戻ってくるように要請するとは皮肉なことだ」と述べ、交渉に応じる用意がないことを示唆し、「アメリカの経済戦争、イラン国民に対するテロ行為、地域における軍事的存在感が、ペルシャ湾地域の不安定の主な理由だ」と述べ、アメリカに対する憤りを表明している。

 結局のところ、アメリカとイラン、両者の見解は正反対であり、今のところはどちらが正しいかは断定できない状態である。この点、テヘランで取材している産経新聞は興味深いニュースを上げている。イラン革命防衛隊の元司令官であるキャナニモガッダム・ホセイン氏は、テヘランでの産経新聞の取材に応じ、イラン南東部の反政府組織である「ジェイシ・アドリ」がタンカー攻撃を行った可能性があると述べているそうだ。

 産経新聞は「ジェイシ・アドリ」と書いているが、これはバルーチ人武装組織である「ジャイシュ・アル・アドル(Jaish al-Adl JAA)」のことではないだろうか。バルーチ人とは、イラン南東部、パキスタン西部、アフガニスタン南部にまたがる地域に暮らすイスラムスンニ派の民族であり、シーア派イスラム国家であるイラン国内ではスンニ派は少数派であることから、バルーチ人はイラン国内でスンニ派の権利の保護を求めてきた。

 そのバルーチ人の権利保護の組織で最も大きなものが、「ジュンダラ(Jondollah)」である。バルーチ人の中のリーギー部族を中心に2003年に設立されたとされるバルーチ人権利擁護団体兼武装組織である。主にイラン南東部のシスタン・バルチスタン州で活動しているとされる。ムハンマド・ダヒル・バルーチが最高指導者とされている。

 この「ジュンダラ」であるが、イラン政府に対する攻撃を何度も行っている。例えば、2005年6月にイラン革命防衛隊(IRGC)隊員を誘拐し、その処刑動画をUAEの衛星放送局「アル・アラビーヤ」に送付するという事件を起こしており、これを機に、イラン政府や軍と激しく対立している。「ジュンダラ」は2006年3月にイランの州政府職員ら23人を殺害したほか、2009年10月には、シスタン・バルチスタン州で革命防衛軍の幹部及び地元部族が参加する会合を標的とした自爆テロを実行し、革命防衛軍関係者や地元部族35人を殺害している。

 イラン政府からすれば敵である「ジュンダラ」であるが、その資金源は麻薬取引だと言われている。この組織はイランのみならず、アフガニスタンパキスタンにもまたがった民族組織であるため、イラン政府も彼らを武力制圧することは容易ではない。隣国のアジトに逃亡することが容易だからである。なお、アフガニスタンと言えば、なんといっても麻薬であり、アメリカによるアフガニスタン戦争の原因も天然資源と麻薬である。

 その「ジュンダラ」のもう一つの大きな資金源として噂されているのが、米中央情報局(CIA)である。CIAがジュンダラなどのイラン反体制派の少数民族グループを支援し、イランの内部崩壊を狙っているというわけだ。ジュンダラはパキスタンアフガニスタンなどにも1500人以上の武装活動家を抱えているとされるが、おそらくCIAの援助のもとで軍事訓練をした武装集団であろう。CIAによるジュンダラへの援助は、ブッシュ政権下で開始され、オバマ政権発足当初援助が停止されが、その後支援が再開されたという。

 その「ジュンダラ」の元メンバーがアブドルラヒム・ムラザデフを指導者として結成した組織が、「ジャイシュ・アル・アドル」である。「ジャイシュ・アル・アドル」もイラン政府に対してテロ活動を行っており、有名なものでは、2018年9月のテロがある。それは、イラン南西部アフワズで行われた軍事パレードを狙ったテロであり、革命防衛隊の隊員ら25人が死亡した。このテロに対し、イラン最高指導者ハメネイ師は、実行犯がサウジとUAEアメリカから資金援助を受けていたと非難した。

 もちろん、現段階では2隻のタンカーを攻撃した犯人はバルーチ人組織だと断定することはできない。イラン革命防衛隊の元幹部が、テヘランでの産経新聞取材に対して、憎き敵であるバルーチ人組織の名前をあえて挙げたという可能性もある。しかし、ネット上の書き込みコメントを見ると、実行犯がイラン政府であると疑っていない人もおり、日本も早く憲法改正をして自衛隊武力行使できるようにすべきだという意見もあった。

 実行犯が誰で、どこの国の、どの組織に属する人間であるか、今の段階ではわからない。しかし、日本のタンカーがホルムズ海峡で攻撃され、それをもとに日本の世論が憲法改正へと傾き、改正された憲法をもとに自衛隊がホルムズ海峡に派遣されれば誰が得をするのかと考えれば、得をするのは米軍であろう。自衛隊の人達が最前線で米軍のかわりにイラン軍と戦ってくれれば、米軍の死傷者の数は減るからである。