戦争と平和、そして無記

国際政治や歴史、およびその根底にある人類の心のメカニズムについて考察していきます。

第十九回 軍による国家支配

 今年(2019年)は天安門事件が起きてから、ちょうど30年である。天安門事件(1989年6月4日)は、民主化を求める若者たちによる北京でのデモ行進を人民解放軍が弾圧し、多くの人命が失われた事件である。英国の報道によると、死者は一万人をこえるそうである。

 

天安門事件の死者は「1万人」 英外交機密文書

https://www.bbc.com/japanese/42482642

 

 天安門事件の後、中国政府に対して世界的な非難が起きた。事件翌月のフランスで開かれたG7アルシュ・サミットでは、「中国を非難し制裁を実施する政治宣言」(1989年7月15日)が採択され、中国との閣僚級その他ハイレベルの接触停止、中国との武器貿易の停止、世界銀行による新規融資の審査延期などが定められた。しかし、舞台裏では事情がまったく異なり、サミットの5日後、アメリカのブッシュ大統領は、鄧小平に対して、非難とは真逆の内容の親書を送っていたそうである。

 

天安門事件から30年② なぜ、世界は“鎮圧”を黙認したのか

https://www.nhk.or.jp/kokusaihoudou/archive/2019/06/0607.html

 

 結局のところ、欧米や日本などの民主主義国家は、形式的には中国政府を非難したが、内容的には容認したのである。なぜ上辺だけの批判をして、実質的には容認したか。理由は主として二つだろう。一つは、中国との経済的な関係に支障が出ないようにするためであり、もう一つは、中国に自由があろうがなかろうが他人事であり、無関心だということである。

 もちろん、中国政府の民主主義弾圧に対して怒った人達も世界中に多くいた。しかし、その種火は大きな炎とならず、徐々に消えていった。結局のところ、対岸の火事だったわけである。民主主義国家の国民からすれば、自国の軍隊はシビリアン・コントロールのもとにあり、あのような弾圧はありえないという安心感がある。それゆえ、中国の事件を映像で見ても、対岸で起きた「酷い」事件として見て、終わったわけである。

 その「酷さ」の具体的内容とは、人民の保護のためにあるはずの人民解放軍が、人民を殺戮して政府を守ったという事実である。ただ、中国共産党人民解放軍は、もともと党のための軍隊であって、国民全体のための軍隊ではない。それゆえ、党の側からすれば、党を脅かす人間を党の軍隊が殺すのは当たり前だという感覚があったのかもしれない。

 中国は一党独裁の国家体制であるから、こうしたことは現在でも起こり得る。人民解放軍は、国民解放軍ではなく、共産党保護軍だからである。それゆえ、現在のような経済発展を遂げた中国においても、国民による民主化要求は暴力で封じ込められる。反日デモは許されても、民主化デモは許されない。そのようなことをすれば、警察や軍隊によって射殺されることもあり得る。

 こうした中国の姿を見れば、多くの日本人は、「日本は民主主義でよかった!」「中国に生まれなくてよかった!」と思うことだろう。確かに、中国に比べれば、日本は民主主義国家に見える。主権は国民の手にあるように見える。三権分立が保障されているように見える。軍による統制はないように見える。

 しかし、この「見える」というのは、非常に厄介なものである。というのも、中国の場合には非常にわかりやすく、まったくもって民主主義国家ではなく、国民主権の国家ではない。表現の自由もない。軍が国民を支配している。国民もそれを知っている。しかし、日本の場合には半分主権国家(Half Sovereign State)であるにもかかわらず、国民の多くがそれを知らず、自国を完全な民主主義国家だと勘違いしている。ここが厄介なところである。

 確かに、日本には憲法上保障された三権(内閣、国会、裁判所)がある。しかし、実際には、その上に君臨する権力がある。それが軍である。軍隊は三権(行政、立法、司法)を超越する権力なのだ。もちろん、自衛隊は行政権のトップたる内閣総理大臣の指揮下にある。なので、シビリアン・コントロールのもとにある。ここで言っている軍とは、自衛隊のことではなく、在日米軍のことである。日本に駐留するアメリカ軍は、日本の三権を超越した権力であるために、日本の民主主義は中途半端なものである。つまり、日本は半分主権国家(Half Sovereign State)である。

 戦前の日本は軍部が強大な権力を持ち、三権(行政、立法、司法)を超越する力を持っていた。そのため国民の人権よりも軍部の意向が優先され、戦争へ突き進んだ。そうした軍国主義に対する反省から、戦後の日本は民主主義国家となり、軍部をシビリアン・コントロールのもとで統制し、国民主権の国となった・・・と言われているが、これは建前である。

 実際のところは、戦前の日本は日本人の軍隊に支配された国であったが、戦後の日本はアメリカ人の軍隊に支配された国である。両方とも民主主義の手続や形式は存在するが、それは軍部の許す範囲のものであり、国民の人権が第一の国ではない。軍部が三権を超越し、国の中枢が軍隊に支配されているという原則は、戦前も戦後も変わらない。国民のもとに軍隊があるのではなく、軍隊のもとに国民があるのである。

 もちろん、戦前の日本と違い、戦後の日本には多くの人権が認められている。1945年以降は、20歳以上の完全な男女平等の選挙権が認められている。皇軍と違い、自衛隊はシビリアン・コントロール下にある。三権分立もある。個人の尊重、平等権、生存権などなど・・・戦後の日本では、戦前とは比較にならないほどの大幅な人権が国民に認められている。しかし、それも「米軍が許す範囲内で」という条件付きであり、そのため日本の民主主義とは、半分主権国家(Half Sovereign State)なのである。

 つまり、諸々の内容的差異があり、戦後の方が戦前よりも格段に人権が認められているが、軍による国家支配の下に日本国民があるという大原則は戦前も戦後も変わらないのだ。戦前の日本人の権利は、皇軍が許す範囲内のものであり、戦後の日本人の権利は、米軍が許す範囲内のものである。この点については、矢部宏治さんの本に詳しく書かれているので、そちらを参照していただきたい。

 

なぜ日本はアメリカの「いいなり」なのか? 知ってはいけないウラの掟

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/52466

 

日本が囚われ続ける「米国占領下の戦争協力体制」の正体

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/217780