戦争と平和、そして無記

国際政治や歴史、およびその根底にある人類の心のメカニズムについて考察していきます。

第三十三回 自衛隊のホルムズ海峡周辺への派遣

 1.専守防衛が崩れるという大ニュース

 前回は予定を変更し、巨大台風について書き、今回はCSISシリーズに戻る予定であった。しかし、2019年10月18日に大ニュースが飛び込んで来たので、今回も予定を変更し、そのニュースについて考えていきたい。次回から、CSISシリーズに戻りたいと思う。

 その大ニュースとは、ホルムズ海峡周辺地帯に自衛隊を派遣することを、日本政府が正式に発表したことである。

 

政府、自衛隊をホルムズ周辺に独自派遣へ 米構想入らず

https://www.asahi.com/articles/ASMBL4KCFMBLULFA01M.html

 

 朝日新聞の記述によると、派遣の理由は、「中東情勢の安定と日本に関係する船舶の安全確保」であり、そのための「調査・研究」である。この「調査・研究」の肝心な内容については、国会承認が不要であり、防衛大臣の判断で実施できる。つまり、与党の一部の人間しか、情報を確保することはできないということであり、当然、国民はそれを知り得る手段がない。

 この「調査・研究」という言い方は典型的な東大話法であり、極めて「うまい」言い方である。「さすが」だと感心せざるを得ない。軍事的な常識から考えれば、この「調査・研究」とは諜報活動であり、簡単に言えばスパイである。分かりやすく言えば、自衛隊が中東に行って、米軍やCIAのスパイ活動の補助をするのである。

 もちろん、政府はそんな軍事的な常識を発表できないから、「中東情勢の安定と日本に関係する船舶の安全確保」のために、自衛隊がホルムズ海峡周辺地域に行って、現地の「調査・研究」をすると述べている。これは非常に曖昧な言い方であり、具体的に自衛隊が何をするのか、国民はまったくわからない。大本営はそうした煙に巻くような表現をするが、それを伝える大本営マスコミも九官鳥のようにそのまま言うだけである。

 これは2015年に成立した集団的自衛権関連法が、ついに実行に移されたということである。この関連法が成立するまでは、日本の防衛は専守防衛に限られたため、他国が日本を攻撃することが判明するまでは、自衛隊は自分から動かないということになっていた。もちろん、自衛隊アメリカの戦争に関わることも許されない。

 しかし、2015年にそれらの法律が成立することによって、自衛隊専守防衛の原則は崩れた。条件付きではあるが、自衛隊が米軍のための補助業務をしていいということになったわけである。下記は2016年の新聞記事である。

 

安保法‐29日施行 集団的自衛権行使が可能に‐毎日新聞

https://mainichi.jp/articles/20160329/k00/00m/010/039000c

 

2.大ニュースは小さな声で囁かれる方がいい

 上の毎日新聞の内容にあるように、2016年の時点では「関連法への国民の理解は深まっておらず、政府は当面、慎重な運用を図る方針」を取らざるを得なかった。この時はデモに集まる人数も相当なものだったので、法律は成立しても、実際に自衛隊を動かすことはとてもできなかったわけだ。そんなことをすれば、火に油を注ぐことになり、政権が転覆する可能性があった。

 しかし、それから3年が経ち、デモの参加者もいなくなった。もしかしたら、今もいるのかもしれないが、青色吐息であろう。それゆえ、満を持して、政府は自衛隊を動かすことを正式に決めた。これは、本来なら大ニュースである。なにしろ、自衛隊発足以来続いてきた専守防衛の原則が、ここで崩れたのである。

 自衛隊は、自国が侵略される危機にあるという状況に限って軍事活動を行う。他国の戦争に関わらない。これが専守防衛の原則である。憲法9条の解釈により長く続いたこの専守防衛の原則であるが、これが崩れたということは、大ニュースのはずである。もちろん、タカ派は喜び、ハト派は悲しむというふうに、国民感情的には一枚岩ではないだろう。しかし、喜びにせよ悲しみにせよ、大きなニュースであることは変わりないはずである。

 しかし、テレビも新聞もインターネットも、これを大ニュースとしては扱っていないようだ。今日の夜にラグビーの試合があることの方が、国民の関心事として上かもしれない。あるいは、巨大台風の被害のせいで、国民としてもそれどころではないという雰囲気なのかもしれない。となると、これは単なる想像であるが、人為的に巨大な台風を起こした後で、ホルムズ派遣を発表するという段取りならどうだろう。もしそういう段取りが決まっているなら、大したものである。

 何もない状況で自衛隊が中東に行くよりも、台風でにっちもさっちもいかない状況の中で、いつのまにか自衛隊の中東派遣が正式に決まる方が、穏便に事が運ぶはずだ。その前に、タンカーが一隻くらいは破壊されている方がよい。つまり、平穏な状況で集団的自衛権関連法が成立し、その後中東情勢が悪化、日本関連のタンカーが一隻だけ破壊され、巨大台風の直後に自衛隊の中東への派遣が正式決定するというプロセスは、それを望む方からすれば、極めて望ましい順番で起きていることになる。

 

3.タンカーが危ないのは誰のせいか

 最近は中東情勢が極めて不安定になり、日本に石油を運ぶタンカーも危ない状況にあるため、自衛隊が中東に行って現地の調査・研究をする必要がある・・・これが、日本政府発表の要旨である。これは、中東情勢についてあまり考えない国民にとっては、納得のいくものであろう。現に、日本企業である国華産業のコクカ・カレイジャス号(パナマ船籍)が、2019年6月13日が中東海域で攻撃を受けている。

 石油が日本に来なかったら、国民生活はパニックである。車にガソリンが入れられなくなり、石油ストーブに灯油を注ぎ足せなくなるだけでなく、石油を原料とする火力発電所も動かなくなる。つまり、石油がなくなると、電気もとまるということである。台風による停電により散々苦しめられた国民からすれば、中東からの石油がとまることは絶対に嫌なことのはずである。

 それゆえ、国際情勢についてあまり考えず、目先の家庭生活にばかり関心のあるような人からすれば、「石油を守るために自衛隊を中東に派遣しますよ」と政府から言われれば、それは大賛成だということになる。しかし、「中東情勢が不安定」というのは、果たして誰のせいであろうか。

 日本の嫌韓派は、政府が一度決めたものを政権が変わったからといって覆すことはけしからんと言って憤っている。朴槿恵政権と安倍政権との間で取り決められた慰安婦問題日韓合意(2015年12月28日)は、文在寅政権になってから履行されなくなった。これを日本の嫌韓派は「韓国のちゃぶ台がえし」と呼んでおり、怒り心頭である。

 しかし、そういった人達はアメリカの「ちゃぶ台がえし」については怒らないようだ。イラン人からすれば、「我々はそれよりもっとひどいちゃぶ台がえしをされている」と言いたいだろう。それが、2018年5月8日、トランプ大統領によるイラン核合意(JCPOA Joint Comprehensive Plan of Action 包括的共同行動計画)の離脱表明である。

 イラン核合意を締結したのはオバマ政権である。これにより、イランは核開発についてアメリカ等と合意し、イランとの国際的な貿易ラインも正常化に向かうはずであった。しかし、アメリカは政権が変わった後、自分が主導で締結した核合意をいきなり離脱し、イランに経済制裁を課した。イランからすればこれはひどい「ちゃぶ台がえし」であり、中東情勢が不安定となった原因はこの「ちゃぶ台がえし」に他ならない。

 また、コクカ・カレイジャス号を攻撃したのは、イラン側からすればCIAとその協力者たちであり、イラン政府ではない。そのあたりの詳しいことについては、第十四回ブログを見なおしていただきたいが、要は中東情勢の不安定化も、タンカーの破壊も、全てアメリカ側がやった可能性があるのだ。

 となると、日本が自衛隊を派遣して、対イランの諜報活動を開始するとなると、イラン側から見れば、日本も加害者の一味ということになる。日本は石油を守るために自衛隊を中東に派遣すると言っているが、その実質的な内容としては、石油危機の犯人のお手伝いをすることになるかもしれない。

 イランからすれば、中東の石油危機をつくっているのはアメリカである。そのアメリカに加担する自衛隊(日本軍)は、石油の安定供給を目的として中東に行くわけだが、実際にやる仕事は石油危機の主犯の手伝い、すなわち共犯業務なのかもしれない。もしそうならば、日本は石油の確保のために、石油の破壊をするということになる。つまり、本末転倒である。

 このままいくと、日本人は、自分のやっていることの意味がよくわからないまま中東で行動するということになりかねない。となると、戦争をやりたくてやっているアメリカの軍産複合体の方が、日本人よりは、まだ「マシ」だということにならないだろうか。悪いことを悪いとわかってやっている人間の方が、よくわからないままに悪いことをやってしまっている人間よりも、自覚的に生きているように見えるからである。