戦争と平和、そして無記

国際政治や歴史、およびその根底にある人類の心のメカニズムについて考察していきます。

第八十三回 イランとアメリカ、なぜ対立するのか ~その歴史的関係性(27)

1.イデオロギーは信じるものではなく利用するもの

 前回のブログで紹介したように、アメリカは他国に対してこれまで248件の軍事介入を行い、第二次世界大戦以後に限っても、37ヵ国で2000万人以上を殺害したそうである。なぜアメリカはそのような殺人国家なのか。この理由について、イデオロギー的枠組で考えても混乱するだけだろう。逆にマネー(Money)の問題として見るとすっきりする。

 「アメリカが他国の政権を潰したのは、左翼政権だったからではないか」という意見が出てくるかもしれない。自由主義国家であるアメリカが、チリの左翼政権であるアジェンデ内閣を転覆させた。アメリカが自由主義者グアイドを支援し、ヴェネズエラの社会主義政権の転覆を図った。これがイデオロギー的枠組による国際政治の見方であろう。

 ただ、この見方を採用すると結果的に矛盾を招くことになる。なぜならアメリカの歴史を見ると、CIAが左翼の政治家を支援した例はあまりにも多いからだ。その最も顕著な例は、中東において見ることができる。

 普通の日本人は、社会主義共産主義と言われても、中国や北朝鮮日本共産党を思い浮かべて終わりかもしれない。しかし、実際に社会主義共産主義が深く政党や政治思想に浸透している地域は中東であり、イスラム世界である。

 バアス党の信条はイスラム社会主義であり、ムジャヒディン・ハルクもそうである。これらはCIAが資金援助をしている政党であり、例えばサダム・フセインが所属したイラク・バアス党は、CIAの資金援助と教育により成り立った政党である。中東を席巻したイスラム社会主義については、第五十六回ブログを参照していだだきたい。

 アメリカにとって中東の運営は国家の柱である。左翼は全部敵だから排除するという一択しかないなら、社会主義共産主義が深く浸透した中東をうまく運営することは絶対に不可能である。だから時と場合に応じて、CIAは中東の左翼政党を支援する。

 CIAは金と権力のために生きている組織であるから、左翼だろうが何だろうが、したたかに利用するという精神的なタフさが必要である。左翼は絶対にダメだという人間はCIAの職員には向かない。頑なな自由主義者保守主義者は、CIAでは出世できないだろう。

 CIAの目的は諜報や暴力によって国外に利権を確保し、スポンサーであるアメリカ大企業をそこに誘致して彼らを儲けさせることである。それが、結果としてCIAを資する。スポンサーを喜ばせれば、CIA職員という公務員は、天下り先を確保できるからである。

 どこの国でもそうだが、公務員が欲しいものはポジションと天下りである。日本の官僚が大臣の言うことをきかず、アメリカの公務員が大統領の言うことをきかないのは、政治家の言うことをきいてもポジションと天下り先をくれるわけではないからである。だから彼らは国から給料を貰いながら大企業の召使いとなる。

 CIAは自由主義代理人ではなく、アメリカというマネーパワーの代理人である。だから、利権にとっての最大の敵は、社会主義でもなければ共産主義でもない。独立して資源を占有されることが最大の脅威である。左翼政権がアメリカのために自国資源を横流ししてくれるなら、アメリカとしては問題がない。それゆえ植民地に求められるリーダー像は、イデオロギーの問題ではなく金の問題となる(第五十一回ブログ参照)。

 マネーパワーからすれば、イデオロギーは信じるものではなく、使うものである。植民地が反乱を起こし、資源を国有化すると言い出した時、イデオロギーは巧みに利用される。政権潰しにしても戦争にしても、金を理由にするわけにはいかない。そのため、自由主義のために左翼政権を打倒しなければならないと言い訳をする。

 内政干渉にしても戦争にしても、全額税金で行うものである。他国の石油を強奪し、金持ちの利益にするために税金で戦争をすると言っても、国民は納得しない。それゆえイデオロギーを利用し、自由を守るための戦争という名目をとる。この戦略は常に有効であり、国民はメディアにより踊らされる。

 

ブッシュ大統領の対イラク戦争支持率70%に上昇 NYタイムズ調査

 

ブッシュ元大統領の支持率を振り返る

 

2.マネーパワーが支配する世界

 世界の人口は約77億、アメリカの人口は約3.2億である。その3.2億の国が世界第一位のGDP国家である。つまり、世界のマネー(Money)の4分の1はアメリカに集まる。二位は中国、三位は日本であるが、中国と日本を足したGDPよりも、アメリカの方が多い。中国と日本の人口を足せば15.2億であり、アメリカの約5倍であるが、15.2億の生産力でもアメリカには及ばないのだ。

 

上位は米中日の順…主要国GDPの実情を確認する(2020年版)

 

 二位以下を大きく引き離すマネーパワーを持つアメリカであるが、貧富の差は大きい。結局のところ、上位1%の超富裕層がアメリカの富を握っている。

 

米国民の上位1%、超富裕層の富が中流階級の合計資産を上回る寸前

 

「たったの62人」大富豪が全世界の半分の富を持つ、あまりにも異常な世界の現実

 

 アメリカが世界一の富を持つと言っても、その富のほとんどを一部の富裕層が握っているとなると、アメリカとはイコール富裕層だということになる。それはアメリカ国民が主権を持つ国ではない。一部の富裕層だけが力を持ち、残りの99%が奴隷となる国家である。

 このような国では国家元首であってもマネーパワーの使用人でしかない。アメリカの大統領は就任した瞬間に債務の返済に頭を悩ます奴隷となる。スポンサーからの莫大な援助によって選挙に勝った大統領は、就任後はスポンサーへの恩返しに奔走しなければならない。結局、アメリカの国家運営の原理はマネー(Money)なのである。

 金のために248件の軍事介入を行い、37ヵ国で2000万人以上を殺すというのは、普通の感覚からすれば理解できない。それは、超富裕層が属するマネー世界のリアリティと、普通の生活世界におけるリアリティがあまりにもかけ離れていることによる。

 普通の生活世界は、会社員や公務員といった給料生活者によって成り立っている。大企業の雇われ社長も、広い意味では給料生活者である。それは仕事をして給料を貰うという世界である。他方、超富裕層の収入源は株式取引や投資であり、それと絡んだ政治活動である。

 普通の生活者は、自分の年収を増やすために政治家に金を渡すという機会はないだろう。生活者にとって、政治参加の機会は選挙くらいのものである。しかし、富裕層にとって選挙は重要なものではない。彼らにとって政治家は選ぶものではなく、育てるものである。金を渡し、養育し、自分の言いなりになる政治家を作り上げる。それが彼らの政治活動である。

 それはメディアにおいても同様である。普通の生活者にとって新聞やテレビは見るものであるが、富裕層にとってメディアとは、自分にとって都合のいい内容を報じさせる道具である。受け身で見たり聞いたりするものではない。金を渡して自分で操作するものである。

 政治家は金がなければ当選できず、メディアも金がなければ会社がもたない。公務員に天下り先を提供するのは国民でもなければ政治家でもない。企業である。こうして皆が金持ちの言うことをきくようになる。

 陰謀論はこれを裏の国家、すなわちディープ・ステイト(Deep State)と呼ぶが、金がなければ何もできない世界になれば、当然そうなるであろう。それは陰謀という隠された事実というよりも、当然の理(ことわり)であると言えよう。

 

3.イランの秋波とアメリカの拒絶

 イラン政府はホメイニーの死後、徐々に強硬姿勢を改め、現在に至るまでアメリカに対する関係修復を望む声明を出し続けている。それはラフサンジャニやハタミといった穏健派大統領のみならず、アフマディネジャドのような保守派の大統領もそうである。現在のロウハニ大統領は、国内の強硬派を押さえ込んで、イラン核合意(JCPOA Joint Comprehensive Plan of Action 包括的共同行動計画)をオバマ政権時に成立させた。

 だが、アメリカのイラン敵視政策はいくらイランがアメリカに対して秋波を送っても変わらない。レーガン時代の1984年にアメリカはイランをテロ支援国家として指定し、現在も変わらない。経済制裁は1995年のクリントン政権時に成立し、両国間では貿易、投資、金融の制限が存在する。トランプ政権における2018年、経済制裁はさらに強まった。

 なぜイランが秋波を送っても、アメリカは頑なに拒絶をするのか。これについては様々な学者が様々な見解を述べ、宗教的な理由や安全保障上の理由を掲げるが、根本はやはり金の問題である。イランが秋波を送ると言っても、その秋波はアメリカの金持ちが望むものとなっていない。

 イランは継続的にアメリカとの関係改善を求めているが、イランが求める関係は互いを尊重した上での平等互恵の関係である。これはマネーパワーにとってはまったく利益にならない。アメリカ、すなわちアメリカを実質的に支配している富裕層が望むものは、平等互恵の世界平和ではなく、「果たしていくら儲かるのか」という問いに対する明確な数字上の回答である。

 イランがアメリカにとって役に立ち、儲かる国になるのなら、アメリカとしてもイランと友好関係を結ぶにあたってやぶさかではないだろう。つまり、イランが「平等互恵」というスローガンを捨て、日本のような国になるならば、アメリカは積極的にイランと友好関係を結ぶだろう。

 軍事施設を国内に好きなように置かせ、その費用を全額肩代わりし、金融とマスコミを好きなように支配させ、全国の郵便局を明け渡し、国内の優良な畑を潰して遺伝子組み換えの農産物を輸入し、ワクチンを買えと命じられたら即座に二兆円を払って契約を交わすような国にイランがなるならば、アメリカは喜んでイランを「同盟国」として迎え入れるだろう。

 しかし、イランは日本のような国になるつもりはなく、パフラヴィー朝時代に戻るつもりもない。石油も中央銀行も郵便局も明け渡すつもりはない。となるとアメリカというマネーパワーからすれば、イランはまったく儲からない国である。儲からない国は敵国であり、テロ国家である。

 イラク戦争直後にウェスリー・クラーク上院議員が見た戦争リストの最後には「イラン」と書かれていた(第一回ブログ参照)。確かにそれ以外の国は米軍によって全て攻撃されており、残っている国は現在イランのみである。その意味では、アメリカの最終的な攻略地はイランであると言える。

 と同時に、アメリカはイランと戦争せず、そのまま残すことで利用するという手もあろう。現在アメリカがイランと開戦しないのはそうした利用価値があるからであろう。中東にイランを、極東に北朝鮮を残すことで、アメリカは中東ではサウジやクウェートに、極東では日本に軍隊を駐留させることができる。

 中東にイランの脅威を残すことで、それ以外のイスラム諸国やイスラエルアメリカの配下に置き、ビジネスをすすめることができる。いずれにしても、アメリカとイランの関係は今後も金の問題を中心として動いてゆくだろう。

 イデオロギーや宗教上の問題は、マネーパワーからすればどうでもいい。マネーの世界では、金の問題以外は真剣に考えられることはない。平和や平等、イデオロギーや宗教は、彼らからすればスローガンでしかないのだ。それらの標語は、金のために利用されるキャッチコピーなのである。