戦争と平和、そして無記

国際政治や歴史、およびその根底にある人類の心のメカニズムについて考察していきます。

第百十二回 ディープステートはどこにある(1)

1.みんなから感謝される悪魔

 DS(Deep State ディープステート)という言葉を聞く時、頭に何が浮かぶだろうか。ロックフェラーであろうか。ロスチャイルドであろうか。あるいはそういった富豪を手下として使っていると噂されるシェルバーン一族であろうか。

 ところで私の頭に真っ先に思い浮かぶDSは、そうした陰の権力者ではない。身近なサラリーマンである。食品業界で働いてきた安部司さんの言葉を、私は思い出す。

 

食品の裏側 みんな大好きな食品添加物 安部司 東洋経済新報社 42-43頁

 なんのためらいもなく、添加物を売りさばくことしか頭になかった自分。営業成績が上がることをゲームのように楽しんでいた自分。職人の魂を売らせることに得意気になっていた自分・・・。

 たとえば適切ではないかもしれないが、軍事産業と同じだと思いました。人を殺傷する武器を売って懐を肥やす、あの「死の商人」たちと「同じ穴のむじな」ではないか。

 このままでは畳の上では死ねない――そう思いました。

 

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食品の裏側 安部司 東洋経済新報社

 

 安部さんは大学で化学を専攻し、卒業後は食品添加物の会社に就職した。そこで添加物の凄まじい力を目の当たりにする。魔法の粉と出会った安部さんは、「天職だ」と確信する。「かあちゃん!俺は日本一の添加物屋になってみせるぜ!」と意気込んだ彼は、階段を駆け上がるように成長し、いつの間にか「神様」と呼ばれる男になっていた。

 

食品の裏側 みんな大好きな食品添加物 安部司 東洋経済新報社 30頁

いつしか私は、

「歩く添加物辞典」

食品添加物の神様」

などと呼ばれるようになり、地元の加工食品業者や職人さんたちからは、

「困ったときの安部頼み」

と相談事がどんどん持ち込まれるようになりました。

 仕事と関係のあるなしにかかわらず、相談の電話はひっきりなし。また私も、添加物のことならどんなことでも即座に答えることができました。さしずめ「添加物アドバイザー」といったところです。

 

 「歩く辞典」は、食品会社の様々な問題を解決してゆく。ある日、惣菜メーカーから「困った」と相談が来る。中国から大量輸入したレンコンが真っ黒だ。返品はできない。だが売り物にはならない。どうしたものか。添加物の神様は、山上に輝く太陽の光のように言葉を降ろす。これこれの添加物を何ミリグラム使い、漂白剤をこのように使えばいい。

 神のお告げがなければ、その会社は仕入代金が無になるところだった。だが、魔法の粉のおかげで黒いレンコンは見事に変身し、売り上げも上々、安部さんは拝まんばかりに惣菜メーカーから感謝された。このようなエピソードは無数にあった。ある食品会社の社長は、安部さんの銅像を会社に建てると言い出した。これには安部さんも、喜びながらも困ったそうである。

 普通、サラリーマンは自分の会社を儲けさせるだけで得意満面である。だが安部さんはそれで終わらない。取引先の企業にも莫大な利益をもたらした。業界全体が安部さんを頼った。正に新入社員時代に「かあちゃん」に誓った「日本一の添加物屋になる」という夢が叶ったのである。

 だがある日、神様は自らを悪魔だと自覚する。「神様、仏様、安部様」と言われた魔法使いは、皆から感謝されることで、自分のことを神様だと思ってきた。これが人間と悪魔との違いである。神を演じる悪魔は、自分が悪魔であることを知っている。だが人間は気づかない。自分が何をしているのか、自分でわからないのだ。

 

ルカ福音書 第23章34

そのとき、イエスはこう言われた。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」

 

 悪魔に憑かれている人間にそのことを教えるのは、悪魔でもなければ人間でもない。天使の力が必要であろう。安部さんにとって、その力は愛する子どもたちに宿っていた。利益の共同体の中に埋もれているうちは、そのことに気づかない。青い鳥は食品業界ではなく、自分の家にあったのである。

 

2.自分の顔を見た瞬間

 我々の予想に反し、悪魔は法律を破らない。悪人は法律違反をするかもしれないが、悪魔は違法なことはしないのである。安部さんにも遵法の誇りがあった。

 

食品の裏側 みんな大好きな食品添加物 安部司 東洋経済新報社 45頁

 ただし、それでも、私は法を犯してきたわけではないのです。国の定める基準にきちんと従って添加物を使用してきました。使い方も量も基準を守ったし、ラベルにも正当に表示をしてきました。

 

 安部さんは当時、1500種類以上の添加物について、その危険性や使用基準について頭に入れていたそうである。何をどのように使えば厚労省の基準に反しないか。プロ中のプロとして、ガイドラインを逸脱しない添加物の使い方について熟知していた。そんな遵法精神の権化のもとに、鏡は突然降ってきた。

 それは長女の三歳の誕生日であった。添加物の神様として、迷える人々から常に助けを求められていた安部さんは、昼夜を問わずに働いていた。そのため普段は家族と食卓をともにする時間はなかった。そのことは安部さんに罪悪感を抱かせていた。

 せめて誕生日くらいは一緒に食事をしよう。そう思った安部さんは、急いで仕事を済ませ、大慌てで帰宅した。安部さんがせわしなく食卓についた時には既に、数々の御馳走が並べられていた。その中に、運命のミートボールがあった。祝杯の後、安部さんは可愛らしいミッキーマウスの楊枝が刺さったミートボールを、何気なく口に放り込んだ。その瞬間、彼は凍りついた。

 

食品の裏側 みんな大好きな食品添加物 安部司 東洋経済新報社 35-36頁

 それはほかならぬ、私が開発したミートボールだったのです。

 私は純品の添加物ならほぼすべて、食品に混じりこんでいるものでも100種類ほどの添加物を、舌で見分けることができます。いわば「添加物の味きき」「添加物のソムリエ」と言ったところでしょうか(ただ、ワインのソムリエと違い、あんまりなりたいという人はいないでしょうが・・・)。

 コンビニの弁当などを食べるときも、

 「このハムはちょっと『リン酸塩』が強すぎるな」

 「どうしてこんなに『グリシン』を使わなくてはいけないんだ」

 などと、ついつい「採点」をしてしまうくらいです。

 そのミートボールは、たしかに私が投入した「化学調味料」「結着剤」「乳化剤」の味がしました。

 

 奥さんはミートボールを温めて、そのまま皿に出したのではなく、ひと手間かけてソースをからめていた。また、ミッキーマウスの楊枝を使うなど、盛り付けもこだわっていた。そのため安部さんも視覚では「例のミートボール」だとわからなかった。だが、さすがはソムリエである。彼の味覚は瞬時にその異常性に気づいた。

 もちろん子どもたちにはわからない。おいしそうにそれを食べている。わかるわけがない。安部さんは魔法使いであり、子どもたちの舌を騙すプロだったからだ。悪魔的手法がふんだんに練り込まれた物体に対して、安部さんの子どもたちの味覚が「おいしい」と反応することは、数式のように正確な公理であった。

 その瞬間、安部さんは大慌てで皿を両手で覆った。「ちょ、ちょ、ちょっと、待て待て!」子どもたちは驚いて聞く。「パパ、なんでそのミートボール、食べちゃいけないの?」しどろもどろに、安部さんが答える。「とにかくこれは食べちゃダメ、食べたらいかん!」

 

食品の裏側 みんな大好きな食品添加物 安部司 東洋経済新報社 42頁

 ――そうだ、自分も、自分の家族も消費者だったのだ。

 いままで自分は「つくる側」「売る側」の認識しかなかったけれども、自分は「買う側」の人間でもあるのだ。いまさらながらそう気づいたのです。

 その夜、私は一睡もできませんでした。

 

 人は、多くの人々から感謝されると、自分を神だと思い込む。だが、悪魔から感謝される者は悪魔でしかない。安部さんは業界から感謝されたが、全国の子どもたちから感謝されたわけではない。業界が安部さんに感謝したのは、安部さんが利益そのもの、つまりマネーメーカー(Money Maker)だったからである。

 自分の子どもの口に絶対に入れることができないものを、全国の子どもたちに食べさせていた。それが「神様、仏様、安部様」という衣の奥にあった彼の真の姿であった。子どもの誕生会という鏡で自分の本当の顔を見た安部さんは、一睡もできなかった。

 法律違反をしたわけではない。だが、真の悪は法律云々という狭い次元のものではない。合法的に悪を為すことが真の悪であり、法律の壁を簡単に乗り越えるからこそ本当の悪魔なのだ。このことはほとんどの人が気づかない。気づかぬまま悪魔システムの歯車となって働く。その点では、安部さんの気づきは稀であり、天使の恩寵と言えた。

 その後、安部さんは会社を辞めた。トップセールスマンとして高給を稼ぎ、家族の生活の心配もあったが、本当の悪に気づいた人間はそのまま野放図に悪魔を続けることはできない。退職後、安部さんは無添加明太子の製造に携わりながら、添加物についての講演活動をするようになった。

 

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3.テーブルに載っているDS

 大手ハンバーガー企業は、「端肉」を使っている。「端肉」とは、牛の骨から削り取った廃材としての肉のことであり、そのままではミンチにもならないし味もしない。だが一応牛肉なので、これによって作られたハンバーガーは「100%ビーフ」と称される。

 レトルトのミートボールも同じである。本来なら廃棄物にしかならないクズ肉を使うのである。そのままでは食品にならないので、人造肉と言われる「組織状大豆たんぱく」を加える。これによって形にならないクズ肉を、肉の形に加工する。

 だが形だけでは味がない。そこで「ビーフエキス」「化学調味料」「ラード」「加工でんぷん」等を大量に入れて味付けをする。さらに「結着剤」「乳化剤」を入れて、工場で大量生産をしやすくする。だが形と味ができても、色が灰色なら誰も食べない。そこで「着色料」で色付けし、腐らないようにするために「保存料」「PH調整剤」「酸化防止剤」を入れる。

 これで肉の部分は完成だが、それだけではない。タレも全て添加物である。本物のソースやケチャップを使ってしまえばコストがかかる。そのため、「氷酢酸」を薄め、カラメルで黒くしたものに、「化学調味料」を加えてソースもどきを作る。またトマトペーストに「着色料」で色を付け、「酸味料」「増粘多糖類」などを加え、ケチャップもどきを作る。

 こうして「ミートボール」という名前の化学製品が出来上がる。安くておいしい。調理の手間も省ける。子どもは喜ぶ。お母さんも喜ぶ。会社は儲かる。社長は従業員に給料を払える。従業員はその給料で家族を養える。誰もが喜ぶシステムであるから、指導者としての安部さんはヒーローである。

 だが大海原に浮かぶ船は、板一枚の下が地獄である。幸せな食卓は実は地獄なのかもしれない。その「ミートボール」と呼ばれる添加物のカタマリは、まともな神経を持つ人間ならとても口にできるものではない。

 

食品の裏側 みんな大好きな食品添加物 安部司 東洋経済新報社 43-44頁

 先ほど紹介したレンコン会社の社長Cさんも、「あのレンコンは自分では食べない」と言っていました。それも当然です。あの真っ黒な「廃材」みたいな色をしていたレンコンが、一瞬のうちに真っ白になる過程を見れば、まともな神経を持つ人間ならとても口にできないでしょう。

 餃子屋のDさん、豆腐屋のEさんも、同じ。

 「自分のところでつくっている食品は食べない」

 そう言い切る人がどれだけいたことでしょう。

 アジの干物をつくっている工場のパートのおばちゃんの話も思い出しました。

 あるとき割引で買える社内販売カタログが回ってきた。そこには自分のところでつくっているアジの干物と、こだわりスーパーのアジの干物が並んでいる。パートのおばちゃんは全員、こだわりスーパーのアジの干物を選んだというのです。

 自分の工場のものは、次々と「白い粉」を大量に流し込んでつくった添加物の液体に、アジを漬けてつくる。なかには刺激臭のあるものもあり、ゴホゴホとむせこみながら作業をするのです。

 

 「まともな神経を持つ人間ならとても口にできない」ものに対して、なぜ厚労省は「安全」というお墨付きを与えるのか。なぜみんなにとって危険なものをマスコミは報じないのか。この構図には既視感がある。結局のところ、添加物に限った問題ではない。ワクチン、放射能遺伝子組み換え作物、5Gの電波・・・何から何まで同じである。

 国は安全だと言う。御用学者は安全だということを証明するための科学的データをふんだんに用意している。マスコミは御用学者しか出演させない。そうやって安全神話が確立してゆく。だが、そんなものは悪魔が人間に見せる夢の世界に過ぎない。まともな神経を持つ人間なら、自分の子どもには近寄らせないはずだ。

 だからといって、レンコン屋のC社長や餃子屋のDさんを責めても意味がない。彼らは合法であり、我々と同じ小さな生活者に過ぎない。また、彼らはロックフェラーやロスチャイルドの命令でそういうことをやっているのではない。ということは、光の戦士たちがDSの悪玉を抹殺しても、我々の食卓の上には地獄のミートボールが変わらずに載っているということである。

 一部の陰謀論者たちは、DSを闇の勢力と捉え、光の戦士たちが我々市民のために戦っていると信じている。トランプ前大統領が再び大統領になれば、光が闇に勝ち、一般大衆が救われると信じている人達もいる。だが、私はそうした話には興味が持てない。

 私にとってDSはそういう大それたものではなく、日常生活に浸透しているものである。ダボス会議に潜入したり、スイスの要塞に乗り込まなくても、近くのスーパーに行けばDS製のミートボールや調味料、弁当などを見ることができる。

 悪魔は空想上の存在ではない。どこにでもいる。自分の子どもに食べさせることができないものを作っている普通の会社員も悪魔であるし、それを買ってその会社の存続に貢献する私も悪魔である。悪魔が見たければ、風呂場に行って鏡を見ればいい。誰でも簡単に見ることができる。