戦争と平和、そして無記

国際政治や歴史、およびその根底にある人類の心のメカニズムについて考察していきます。

第百五回 新型コロナワクチンと大出血(3)

1.ウイルスと細菌の違い

 人間が感染症に罹る原因は、ウイルスまたは細菌である。だがウイルスと細菌は、完全に別物である。だから細菌に有効な抗生物質は、ウイルスには全く効かない。今回はそういう基礎的なことから確認していこう。

 細菌は生物であり、その構造は基本的に人間の体の細胞と同じである。彼らも外から栄養を取り込み、そのエネルギーによって生きており、細胞分裂によって自己増殖するのだ。細菌と言うと、外から人間の体内に入って来るイメージを抱くかもしれないが、体内に常在する細菌も存在する。

 例えば一人の人間の腸の中には、およそ3万種類、数にして100兆から1000兆の細菌が生息している(腸内細菌 enteric bacteria)。それら一個一個の細菌が、人間が口から入れた食べものを腸内で栄養源として生きており、細胞分裂によって増えているのである。

 他方、ウイルスは細胞と異なり、自己増殖する能力はない。そのため、細胞の中に侵入し、リボソームに遺伝子を複製させることによって増殖する。人間の体細胞のみならず、細菌もウイルスの標的となる。大腸菌に侵入し、増殖するウイルスも存在する(例:T2ファージ)。

 

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ウイルスと細菌の違い

 上図では便宜的に両者を同じような大きさで描いたが、実際はまったく異なる。細菌は人の細胞の10分の1程度の大きさであるが、ウイルスは100~1000分の1程度の大きさである。自己増殖できないウイルスは、細胞よりもはるかに小さく、細菌と違い、独立した生き物とは言えない。また、ウイルスは細胞ではないため、細胞構造を破壊する仕組みを持つ抗生物質は効かない。

 簡単に言えば、相手が細菌ならそれは生き物であるから、生き物を殺す技術によって撲滅することができる。例えば抗菌剤がそうである。だが、ウイルスは細胞膜を持った生き物ではないので、抗菌剤を服用しても効き目はない。

 ただ、ウイルスは細胞膜を持たないが、エンベロープという脂質性の膜で覆われている。そのため脂質を溶かす作用を持つ消毒剤を手に塗り込む、あるいは石鹸の泡で手をこすれば、手に付着したエンベロープが破壊され、ウイルスは無効化するのである(ウイルスは生き物とは言えないため「死んだ」という表現は不適切なため無効化と表現した)。

 だが、体の中に入り、細胞内に侵入したウイルスを攻撃する薬品の開発は難しい。そのため、風邪などのウイルス感染症は体内で免疫ができるまで、安静にして自然治癒するのを待つしかない。風邪の時に内科で抗生物質が処方されることがあるが、あれはウイルス感染によって体力が低下し、その結果として体内で増えた細菌を殺すためのものであって、風邪のウイルスを攻撃するものではない。

 また新型コロナウイルスの治療として、レムデシビルやアビガンといった薬品が注目されたが、そういった抗ウイルス薬はRNAポリメラーゼを阻害する効能があり、重症化を防ぐことが期待されているが、血中に漂う新型コロナウイルスを直接攻撃する能力はない。

 結局のところ、ウイルスを克服するには体内の免疫系が働く以外にはなく、人間が開発する薬品はそれを補佐あるいは増強するものでしかないのである。つまり、細菌を殺すための服用薬や注射は存在しても、ウイルスを殺す(正確には無効化する)ための薬は基本的に存在しないのだ。

 となると、人間の体がウイルスに打ち勝つための主役は、あくまでも免疫系である。発熱や下痢は、そうした免疫反応が適切な形で体に現れていることの証明である。熱に弱いウイルスを叩くため発熱し、腸内にあるウイルスを早く外に出すために下痢をする。これらはウイルスに対する人体の適切な対処である。

 

2.新型コロナウイルス感染の仕組み

 ウイルスについての基礎知識を得たところで、前回のブログのおさらいも兼ねて、以下、新型コロナウイルスが体内でどのように作用するのかについて確認してみよう。なぜウイルスは体内に入ったら増えるのか。そのメカニズムが理解できれば、ワクチンについての知見も深まる。

 もちろん、そのメカニズムについて本格的に研究するとなると、10年、20年、あるいはそれ以上の時間がかかるであろう。だからここではごく簡単にその骨子だけについて考察したい。その際、キーファクターとなるものが、ACE2(アンジオテンシン変換酵素2 Angiotensin-converting enzyme 2)という酵素である。

 人間の体の中には様々な酵素が存在し、それぞれの酵素が生体維持のために働いている。ACE2は血圧上昇を抑制する働きがあり、呼吸器系や腎臓、腸のみならず、舌や目にも発現していることがこれまでの研究で明らかにされている。このACE2とうまく結合して細胞内に侵入するウイルスが、SARSコロナウイルス(Severe acute respiratory syndorome coronavirus)である。

 SARSコロナウイルスは2003年に中国で流行し、一旦沈静化したと思われたが、これと祖先を同じくする同種のウイルスが、現在猛威を振るっているSARSコロナウイルス2(Severe acute respiratory syndorome coronavirus 2)である。

 なお、ニュースでよく目にする「COVID‐19(coronavirus disease 2019)」はウイルスの名前ではない。ウイルス感染の結果生じる疾病をあらわす名称である。つまり病気の名前である。「SARSコロナウイルス2」という名前のウイルスに感染することで、「COVID‐19」という名前の病気になるのである。

 「COVID‐19」という病気になれば、肺炎が重症化して呼吸困難となり、死ぬかもしれない。だから世界中の人が恐れているのである。この「SARSコロナウイルス2」、すなわち新型コロナウイルスが人体の細胞に侵入する際に、キーファクターとなるものがACE2である。

 

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細胞内に侵入する新型コロナウイルス

 新型コロナウイルスの表面には「スパイクたんぱく」という突起したタンパクが多数ついている。よく「いぼいぼタンパク」と呼ばれているものである。これがACE2と極めてうまく結合する。普通、細胞はウイルスという異物が中に入ることを許さないが、ACE2と結合したウイルスなら許してしまう。

 

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コロナウイルスの細胞の構造

 我々も普通、赤の他人のことは信用しない。だが、信頼する友人とその見知らぬ相手が一緒に来るなら、両方とも家に入れてしまうだろう。細胞もそれと同じである。普通なら領地に入れない相手であっても、「ACE2さんと友達なら」ということで開門し、招き入れてしまうのである。

 入場を許されたウイルスはリボソームRNA(設計図)を渡し、複製を依頼する。銀行のATMが正規のキャッシュカードであろうが泥棒のキャッシュカードであろうが平等に紙幣を出すように、リボソームはウイルスの求めに応じて、いくらでも複製をしてしまうのだ。

 こうしてウイルスは人間の体内で爆発的に増えていく。人間からすれば迷惑な話に見えるかもしれない。だが、ウイルスからすれば自己増殖の能力がない以上、そうやって細胞に侵入し、細胞という他者の力によって増殖する以外に方法がないのだ。寄生こそが、ウイルスにとっての唯一の生存戦略である。

 

3.新型ワクチンが効く仕組み

 「SARSコロナウイルス2」と呼ばれるウイルスは、スパイクたんぱく(いぼいぼタンパク)がACE2と結合することで細胞に侵入する。ということは、この仕組みをうまく利用するようなワクチンができればいい。そうした意図から開発されたワクチンが、「コロナウイルス修飾ウリジンRNAワクチン」である。

 

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コミナティ筋注 コロナウイルス修飾ウリジンRNAワクチン

 「コミナティ筋注」というのは商品名である(「筋注」は筋肉注射のこと)。商品名と中身は異なる。例えばエーザイによる「チョコラBB」という有名なビタミン剤があるが、「チョコラBB」というのは商品名であり、中身はビタミンBである。同じように、ファイザー社が作った「コミナティ筋注」という商品には、「コロナウイルス修飾ウリジンRNAワクチン」が中身として入っているのである。

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エーザイ株式会社 チョコラBBプラス 

中身はビタミンB群およびそれを錠剤に固めるための添加物である

 このワクチンはコロナウイルスのスパイクたんぱくに着目したワクチンである。要はスパイクたんぱくがACE2と結合することからウイルスが細胞内に侵入するのであるから、スパイクたんぱくさえ防ぐことができれば、ウイルス本体は放っておいても無効化する。ならば、新型コロナウイルスに感染する前に、体内でスパイクたんぱくに対する抗体を作っておけばよいという想定となる。この考えから、ワクチンが開発された。

 従来のワクチンは、病原体の毒性を弱めたもの、あるいは不活性化したものである。だが、このワクチンはそうではない。体内でスパイクたんぱくを作ることが目的である。そのため新型コロナウイルスRNA全体からスパイクたんぱくを作り出す部分だけを取り出し、それをリピドナノパーティクル(脂質ナノ粒子)という入れ物に入れたワクチンが開発された。

 体内に注入されたリピドナノパーティクルは、体細胞に付着し、mRNA(メッセンジャーRNA)が細胞内に侵入する。これによりリボソームがスパイクたんぱくを大量に作成し、細胞外にスパイクたんぱくが出る。

 

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ワクチンによってスパイクたんぱく抗体ができる仕組み

 このいきなり現れた「いぼいぼ細胞」は、体からすれば異物である。当然、免疫系が働き、抗体が作られる。免疫系はそれを記憶し、「いぼいぼ」を見たら攻撃するという体制ができる。こうして、スパイクたんぱくと戦うことに慣れた軍隊が出来上がる。

 敵が攻めてきてから、慌てて軍隊を作り、それから応戦するとなると、勝負としては分が悪い。だが、戦い慣れた軍隊が常に戦闘準備にあるなら、相手が攻めてきてもまったく恐くない。こうして、理論的には新型コロナウイルスが体内に入っても脅威にならない仕組みが体の中に出来上がるというわけである。

 

4.ワクチンに対する懸念事項

 こうして見ると、ワクチンはコロナ禍における救世主に見える。ワクチンによって皆の体の中に免疫体制が出来上がれば、新型コロナウイルスも恐れるに足らずというわけだ。しかし、普通なら最低でも5年はかかるワクチン開発が、これだけの短期間で承認されているとなると、不安も残る。多くの人がワクチンに対して不安感を持つのも当然であろう。

 この点、ウイルス研究の専門家である長谷川秀樹氏(国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センター長)は、このワクチンは「急造」ではないと述べている。

 

www.businessinsider.jp

 

  長谷川先生の話を私が勝手に要約すると、次のようになる。すなわち、ウイルスについての「素人(しろうと)」は、ワクチンに対して以下のような誤解をしており、その結果、要らぬ心配をしてしまうというわけである。「素人」がその無知により心配してしまう事項は次のようである。

 

(一)短期間で開発された急造ワクチンを体に入れても大丈夫なのか?

(二)ワクチンを体内に入れることで、COVID-19を発症しないのか?

(三)ワクチンで遺伝子を入れたら、人体が遺伝子組み換えになってしまうのではないか?

(四)mRNAを入れることで、体内でスパイクたんぱくが無制限に増殖してしまうのではないか?

(五)アナフィラキシーショックで死んでしまう人が出るのではないか?

 

 こうした素人の心配に対するプロ(長谷川先生)の回答はこうである。

 

(一)この10年間でmRNAワクチンについての特許出願は113件あり、狂犬病やジカ熱に対する臨床試験も行われてきた。BioNTechもヒトパピローマウイルス感染症を対象に臨床試験の実施例がある。その流れの中でCOVID-19が現れ、これらの実績を応用した中でワクチンが作られたわけだから、このワクチンは「急造」ではない。むしろ、10年間の実績の積み重ねによって出来たものである。

 

(二)従来のワクチンは病原体を弱毒化したものであるから、体の弱った人ならその弱毒化した病原体の攻撃に耐えきれない危険性もある。だがこの新しいワクチンはスパイクたんぱくを作るだけであり、ウイルス本体を体の中に入れるわけではない。スパイクたんぱくが体内で増えてもCOVID-19になるわけではない。

 

(三)レトロウイルスという種類のウイルスは、RNAからDNAを作ることができるから、感染した細胞のDNA内にウイルス遺伝子が組み込まれる現象は起こり得る。だが、そのためには「逆転写酵素」というタンパク質が必要であり、今回のワクチンには逆転写酵素を作るmRNAは含まれていない。だから、このワクチンを打っても、私たちの細胞のDNAが組み換えになることはない。

 

(四)mRNAは非常に壊れやすく、その寿命はせいぜい一週間程度である。そのため、ワクチン接種後、いつまでもスパイクたんぱくが体内で作られることはなく、スパイクたんぱくの無限増殖は起こり得ない。

 

(五)10万回に1回という非常に稀な頻度ではあるが、アナフィラキシーという急性反応が起こることは報告されている。だが、アナフィラキシーが起きるのは接種後15~30分がほとんどで、エピネフリンという治療薬で対処できる。

 

 これら長谷川先生の回答は、説得力のあるものであり、嘘でもなければ誤魔化しでもなかろう。また、これはワクチンを肯定する医師・研究者なら誰でも言うことであるから、医学界における共通認識であることが伺える。

 実際、私自身、ネット上で様々な医師・研究者の見解を読んでみたが、ほとんど上記の内容と変わらなかった。つまり、素人による憶測の恐怖に対して、彼らは科学的に反論し、検証しているのである。この点は私も否定する気はない。

 だが、様々な医師・研究者の見解を見ているうちに、ワクチン推進派が共通に言及しないこと、あるいはあえて強調しない点があることに私は気づいた。そのキーワードは「わからない」である。私はこの「わからない」というキーファクターをどう捉えるかが極めて重要なことだと確信している。詳しくは次回に述べたい。