戦争と平和、そして無記

国際政治や歴史、およびその根底にある人類の心のメカニズムについて考察していきます。

第三回 なぜロマノフ王朝はそんなに憎まれた?

 共産党にロシアを乗っ取られたロマノフ王朝のニコライ二世は、1917年3月に皇帝を退位する。しかし、日本において徳川慶喜が将軍を退位した後に一貴族として生きたようには、共産党はニコライ二世が生きることを許さなかった。結局、翌年の1918年7月、ニコライ二世とその家族をエカテリンブルグの地下室で銃殺する。しかし、逆らう気がない元皇帝に対して、なぜそんなことをしなければならないのか?
 共産党は貧しい労働者の味方だから、それまで貴族として貧困層を虐げてきたロマノフ家にお仕置きをしたのだ! という公式解釈を鵜呑みにするのは、あまりにも稚拙である。ロマノフ家に対する恨みは、民衆の王族に対する恨みではなく、ロスチャイルドのロマノフ家に対する積年の恨みだったと考える方がどうやら合理的なようだ。
 20世紀のロシア革命の原因を探るには、1815年のウィーン会議にまで遡らなければならない。ナポレオンがフリーメイソンに加入したという公式記録はないが、ナポレオンの兄弟はフランスのフリーメイソンの高位職であるから、彼がフリーメイソンとまったく無関係であるとは考えにくい。
そのナポレオンがヨーロッパで大暴れしたことによって最も力を得た人物は誰か。それがロンドンにいたネイサン・メイアー・ロスチャイルド(Nathan Mayer Rothschild, 1777-1836)である。彼は、マイヤー・アムシェル・ロートシルトの三男である。第一次世界大戦の後、パリ講和会議において主導権を握ったのが政治家ではなく「金貸し」のモルガンであったのと同じく、その百年前のウィーン会議においても、各国政府は戦費をまかなったロスチャイルドに頭があがらなかった。単なる「金貸し」がヨーロッパの実質的な王になったのである。そのため、ウィーン会議の主導権はロスチャイルドが握った。
 ネイサン・ロスチャイルドは、戦争で弱りきった状態の各国政府の中央銀行に入り込むことを狙っていた。実際、その後イングランド銀行、フランス銀行はロスチャイルドが入り込む。1870年にはドイツ銀行ができる。日本ではフランスのロスチャイルドから教育を受けた渋沢栄一が尽力し、1873年に日銀の前身の第一国立銀行ができる。渋沢はポール・フリュリ=エラール(1836-1913)から近代資本主義、銀行業、金融業を学んだ。このエラールのボスがアルフォンス・ド・ロスチャイルドである。つまり、渋沢が学んだ中央銀行のシステムは、ロスチャイルド方式なのである。それゆえ、渋沢を創設者とする現在の三井住友銀行は今でもロスチャイルド系であり、日本で二番目の規模の銀行である。なお、日本で第一位の規模の三菱銀行は、ロックフェラー系である。
ところで、ロマノフ朝ロシア皇帝であるアレクサンドル一世は、自国財政のロスチャイルド化を拒んだ。そのアレクサンドル一世は1825年に不審死する。死ぬ寸前まで健康で、普段と変わらない様子だと目撃されていたのに、いきなり離宮において、熱病で倒れて死んでしまうのだ。アレクサンドル一世の後継は弟のニコライ一世であるが、彼も自国財政のロスチャイルド化は拒む。
1860年、ロシア国立銀行が皇帝アレクサンドル二世(ニコライ一世の息子)によって設立されるが、国立銀行なので通貨発行権は国にあった。アレクサンドル二世は、アメリ南北戦争において、エイブラハム・リンカーンAbraham Lincoln 1809-1865)を支援している。リンカーンロスチャイルドの融資を拒み、金融資本家と対立していたので、アレクサンドル二世と考えが共通したのだ。その後、リンカーンとアレクサンドル二世は、両者とも拳銃で撃たれて殺されている。
 このように、帝政ロシアは決して自らの通貨発行権を手離さず、ロスチャイルド通貨発行権を与えなかった。おもしろいのは、シベリア鉄道の敷設において、ニコライ二世はロスチャイルドに融資をお願いしていることである。ロスチャイルド帝政ロシアに融資をして、帝政ロシアシベリア鉄道を完成することに尽力している。そもそも、ロスチャイルド家とロマノフ家はお互い名門貴族として親戚関係にあるのだ。
 さて、一部の陰謀論者は、ニコライ二世はシベリア鉄道敷設でロスチャイルドから金を借りたにもかかわらず、ユダヤ人の迫害をやめなかった、だからユダヤ人であるロスチャイルドによって殺されたのだと言っている。しかし、そうだろうか。私はロスチャイルドが「金」以外の理由で怒るとは思えない。なので、これは私の勝手な想像だが、ニコライ二世がロシア国立銀行を民営化し、そこの運営メンバーにロスチャイルドを入れていたら、彼は殺されなかったのではないか。もちろん、そうなると帝政ロシアの経済は、ロスチャイルドに握られることになってしまうが。
 実際には、ニコライ二世は1917年のロシア革命で退位し、翌年、家族皆殺しとなる。こうして、ロマノフ家の財産はロスチャイルドのものとなり、その後設立されるソビエト中央銀行ロスチャイルドと通じたものとなるので、ロスチャイルドはロシアの通貨発行権を手に入れたと言える。
 これより少し前、1913年の12月にアメリカでFRB連邦準備制度)が設立される。ポール・ウォーバーグ、モルガン、ロックフェラージュニアが中心となり、ウッドロウ・ウィルソン大統領が署名して成立する。こうして、20世紀の初頭に、アメリカとロシアという世界の二大巨頭の通貨発行権が、国家ではなく民間人が握るという凄いことが起きた。しかし、世界史の教科書では事件として扱われない。かといって、隠されるわけでもない。実際、大した情報源も調査能力もない私が、こうしたことを一般書やインターネットの情報で知ることができる。
 彼らは真実を隠すのではなく、むしろ堂々と公開しているように見える。どうぞ、調べたければ調べてください、知りたければ知ってくださいと。おそらく彼らは確信しているのだろう。ほとんどの人はそういったことには興味がないのだと。