戦争と平和、そして無記

国際政治や歴史、およびその根底にある人類の心のメカニズムについて考察していきます。

第八十二回 イランとアメリカ、なぜ対立するのか ~その歴史的関係性(26)

1.テヘランの壁画

 これまでイランとアメリカの対立の歴史について長々と述べてきた。なので、読者の方々はイラン人がアメリカに対して怨恨を抱く理由についてはよくご存知であろう。イスラム革命以来、現在に至るまで、イランとアメリカは国交断絶の状態にある。

 1979年11月4日、怒りに燃えたイランの若者たちが、大挙してテヘランアメリカ大使館になだれ込んだ。ホメイニー政権を潰すためにアメリカが画策しており、その前線基地がアメリカ大使館だとイランの大学生たちが思ったからであった(詳しくは第六十八回ブログ参照)。

 その日以来、イランにはアメリカ大使館は存在しない。旧アメリカ大使館の建物は、現在では博物館となっている。博物館見学をした人の体験記は以下である。

 

【イラン】テヘランの旧アメリカ大使館へ行ってみた

 

動画:在イラン、旧アメリカ大使館の内部に入ってみた!

 

 前回のブログで述べたように、イランの人々の心には三つのエネルギーが渦巻いている。(一)アメリカの支配を脱却し、(二)イランの伝統と文化を近代化の波の中で失うことなく、(三)自由と民主主義を達成したいという心理的なエネルギーである。

 アメリカに虐げられた歴史を忘れず、グローバリズムに対する警戒心を次世代へ受け継ぎたいという思いから、テヘランの旧アメリカ大使館を取り囲む壁には様々なアートが描かれている。ここではその中から四枚の壁画を紹介したいと思う。

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テヘランの旧アメリカ大使館を囲む壁に描かれたアート(壁画1)

 

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テヘランの旧アメリカ大使館を囲む壁に描かれたアート(壁画2)

 

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テヘランの旧アメリカ大使館を囲む壁に描かれたアート(壁画3)

 

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テヘランの旧アメリカ大使館を囲む壁に描かれたアート(壁画4)

 もちろんこれらの壁画は、イランの革命政権が保身のために利用している政治的プロパガンダでもある。外なる敵を国民に意識させることによって、政権への批判を逸らせようという意図である。日本の場合は中国と北朝鮮が仮想敵国であるが、敵を想定することで政権運営を安定させようという意図は、どこの国でも働く政治の力学である。

 しかし、イラン人にはアメリカに自国の資源を奪われ、民主主義を破壊された切実な体験がある。そのことがこれらの壁画に、多くの日本人が知らないアメリカの陰の部分をにじませている。アメリカをいたずらに敵視しても、戦前の鬼畜米英思想に退化するだけであるが、無知なままでは日本も革命前のイランのようになるだけである。

 我々はアメリカを嫌いになる必要はない。ただ、アメリカについて日本人もイラン人なみの知識を持っておくことは損ではないだろう。相手を知らないままでは、あるいは表面しか見ないままでは、真の意味で愛することも、喧嘩することもできない。

 このブログの常連読者の方々は、上記画像を見れば、その意味を理解するだろう。しかし常連でない読者の方もいるだろう。あるいは常連でも見落とす部分があるかもしれない。なので、イラン人のアメリカ理解の水準に我々が追い付くために、上の壁画が意味することについて以下解説してみたい。

 

2.骸骨の女神とプロビデンスの目

 一枚目の絵は、アメリカの自由の女神の顔が骸骨になっているという絵である。これは自由の女神アメリカの外に出て「自由」のための戦いを起こすと、女神ではなく死神となることを意味しているのだろう。

 イランはモサデク政権を潰された経験を持つが、イラン・イラク戦争時には地球の反対側にあるニカラグアが同じような被害にあった。イラン・コントラ事件である(第七十八回ブログ参照)。民主的なプロセスによって成立した政権がアメリカの利益にならない場合、アメリカはその政権を潰すためにありとあらゆることをする。

 チリでは1970年、民主的な選挙によって成立したアジェンデ政権が、資源の国有化を実行しようとしたためCIAによって潰された。最近ではアメリカに育てられたファン・グアイド国会議長のグループがベネズエラの政権転覆を図ったが失敗した。

 イラクサダム・フセインはイランと戦ってアメリカの役に立ったが、用済みになったら潰された。リビアカダフィ政権はCIAにより転覆された。他にもソマリアスーダン、シリア、アフガニスタンレバノンパナマなど、アメリカの軍事介入の例をあげればきりがない。

 

アメリカが仕組んだもうひとつの9.11 ― 世界初の選挙による社会主義政権とクーデター

 

ベネズエラ転覆に乗り出す米政府 暫定大統領でっち上げる内政干渉

 

 これは「内政干渉」のレベルではない。「内政破壊」と言う方が正確であろう。日本も同じである。自民党がCIAによってつくられた政党であり、CSISが作成したプランを実行するための政治団体であることは、今さら説明しなくとも、このブログの読者の皆さんはよくご存知であろう。

 興味深いのは二枚目の壁画である。そこにはプロビデンスの目が描かれている。プロビデンスの目はフリーメイソンのシンボルマークでもあり、アメリカドル紙幣にも描かれている。すなわち、この壁画はアメリカという国家の背後に存在するディープステート(Deep State)を表現している。

 

東京に唯一存在するフリーメイソンショップに潜入取材してきた!

 

 二枚目の壁画では、プロビデンスの目が海に浮かぶ骸骨を眺めている。それは多くの遺体と引き換えに多額の利益が出ている惨状をあらわしている。原油大国のイランは、貪欲なグローバリズムにより搾取され、破壊された経験があるため、日本人よりもディープステート(Deep State)に対してよく知っているのだろう。

 日本では、いまだにアメリカの最高権力者は大統領だと思っている人が多い。しかし、アメリカでは大企業をバックにつけなければ大統領になれない。大統領選挙を戦うには莫大な費用がかかり、個人資産で戦うのはどんな金持ちでも不可能である。結局は巨大スポンサーが必要なのであり、当選した後の大統領はスポンサーに恩返しをする必要がある。しなければ殺されるだろう。

 

政治に最も必要なのは金|アメリカ大統領選挙2020|NHK

 

 その意味では大統領もマネー(Money)の手下に過ぎない。壁画に描かれたプロビデンスの目は、人を殺して金を儲ける残虐なグローバル企業をあらわしている。日本人よりもイラン人の方がそのことについて自覚的なのは、この壁画を見れば明らかである。

 日本人もある意味、イラン人に負けず劣らず植民地の人間として虐げられてきた。しかし、イラン人の方が石油や戦争というわかりやすい形で虐げられてきたので、実感として遥かに強いのであろう。日本にはわかりやすい資源がないため、多種多様に宗主国から搾取されている。戦後の日本はパフラヴィー朝時代が延々と続いているようなものであるが、わかりにくい搾取なので国民のほとんどは気づいていない。そのため搾取されながらも平和なのだ。

 

3.支配して金を儲ける

 アメリカは戦争をして、勝って終わりではない。そもそも戦争は企業の利益が目的で行われるのだから、爆弾で破壊した後はグローバル企業が乗り込んで金儲けをすることになる。それを表現したものが三枚目と四枚目の壁画であろう。

 三枚目の壁画には、マクドナルドのポテトの紙容器に鉄条網が入っている絵が描かれている。その横にはミッキーマウスのようなキャラクターが描かれているが、そのキャラクターは拳銃を持ち、地面には血が流れている。四枚目の壁画には鷲が描かれ、その左足には弾丸が、右足には薬物が握られている。

 もともとアメリカが他国の内政に干渉するのは、経済界の要請であるから、戦場の跡地にマクドナルドが建つのは当然であろう。爆弾で破壊されて植民地となった国には大型スーパーができ、巨大な映画館ができる。中にはグローバル企業傘下の店が立ち並び、シネマ・コンプレックスではディズニーの映画が上映される。

 

期限切れ食肉問題のマクドナルドは、ロスチャイルド系列の企業

 

 サービスのみではない。軍隊もアメリカ式となり、アメリカ製の武器で装備される。医療界もアメリカ式であり、大量の薬品が輸入され、検査機器もアメリカ製である。金融、保険、エネルギー、食品などもアメリカ式になる。中央銀行や郵便システム、水道などのインフラも民営化されれば自国製ではなくなるだろう。

 さらに教育やメディアがアメリカ式となれば、国民の脳もアメリカ式となる。医者、法律家、官僚、政治家、学者、メディア関係者におけるエリート層は、アメリカの大学や大学院を出た者たちでかためられる。アメリカ脳になった人間が出世し、国家権力となり、植民地の人民を虐げる。

 

竹中平蔵のひどい発言集

 

 四枚目の壁画で鷲の絵が描かれているのは、アメリカでは鷲がシンボルマークだからである。

 

アメリカ合衆国の国章

 

 アメリカの国章では右足にオリーブの枝、左足に13本の矢が握られているが、壁画では左足に弾丸、右足に薬物が握られている。弾丸は軍需産業、薬物は製薬業と麻薬の象徴である。アメリカの製薬業は、軍需産業や金融業、農業とならび、アメリカの主要産業の一つである。

 

製薬業界の世界ランキング:武田薬品やアステラス製薬はなぜ世界で10位以下なのか

 

 また製薬は軍事と深い繋がりを持つ。生物兵器化学兵器が民間薬品に転化されるからである。これは農業や金融業もそうである。ベトナム戦争で用いられた化学兵器枯葉剤は、農業用のラウンドアップとなり、毒ガスは化学肥料となり、戦車はトラクターとなる。金融は軍事、製薬、農業に金を貸して儲ける。

 戦争をするというのは、武器屋が儲かるだけでなく、関連する産業も儲かることである。軍服をつくる洋服屋や、軍に弁当を納入する食品会社も儲かる。アメリカが戦争ばかりしている理由は、アメリカ人の気質が好戦的であるというよりも、それが産業構造だからである。

 かつての大英帝国が黒人奴隷貿易で巨額の利益をあげ、多くのアフリカ人を不幸のどん底に叩き落したように、戦後のアメリカは戦争で利益をあげ、多くの発展途上国の人々を谷底に突き落とす。「Suffering=Profit」の構造は変わらない。かつて大英帝国が担ってきた暴君の役割を、現代はアメリカが担っているのである。

 

4.日本がアメリカに追従することの意味

 今のアメリカは、裸足で群がる日本の子どもたちにチョコレートを放り投げていたアメリカではない。第二次大戦後はヨーロッパも日本も疲弊していたので、どの産業においてもアメリカの一人勝ちであった。日本は米ソ冷戦の中で自由と民主主義の頭領であるアメリカについていけばよかった。

 しかし時代は変わった。アメリカはナチスドイツやソ連と戦う国ではなく、マネー(Money)のために正義の戦争をでっち上げ、金を儲ける国になってしまった。日本がこれに追従するとなると、イランをはじめアメリカに虐げられた国々は、日本のことも危険な国だと見なすだろう。

 中東の人々はアメリカについて日本人よりもよく知っている。また彼らはアメリカに原爆を落とされた日本人に共感している。他方、日本人はアメリカのことも中東のこともよく知らない。ハラブジャの人々が広島に共感し、毎年祈りの式典を行っていることも知らない(第七十八回ブログ参照)。

 そういう状態で自衛隊が中東に行き、米軍の下請け的な仕事を無自覚的に行うことは非常に危険である。米軍の言いなりになって働く自衛隊を中東の人々が見れば、「裏切られた」という思いを抱くであろう。

 ロボットのように働く日本人にはそんなことはわからない。以下の記事によると、アメリカは今日まで248件の軍事介入を行い、第二次世界大戦以後に限っても、37ヵ国で2000万人以上を殺害したそうである。だから、米兵は戦地に赴く時、多かれ少なかれ「自分達は恨まれている」と自覚しているだろう。

 問題は下請け仕事で中東に向かう日本兵たちである。彼らは米兵たちよりも遥かに当事者意識が少ない。直前にちょっとしたレクチャーを受けて中東の情勢や文化について学ぶだろうが、そんな表層的な知識で中東の人達のアメリカに対する恨みを理解することは不可能だ。

 中東を知らず、アメリカを知らず、アメリカの下で働く日本の立場について知らない日本兵たちは、それゆえ米兵よりも遥かに危険な立場に立たされる。よくわからないまま命令に従って赴く中東の地は、長きに渡ってアメリカに虐げられてきた人々の地である。

 そこで日本兵を待っているものは、「共感した日本に裏切られた」という現地の人々が抱く失望と怨念のエネルギーであろう。その点では今後の「追従」はまったく楽ではない。米ソ冷戦時代の日本のアメリカ「追従」は極めて気楽なものだっただろうが、これからの「追従」は極めて重い責任を担わざるを得ないのである。

 

米国に追従する日本が直面する危機とは? | ダイヤモンド・オンライン