戦争と平和、そして無記

国際政治や歴史、およびその根底にある人類の心のメカニズムについて考察していきます。

第十二回 イランとイスラエルが戦争になったらどうなるか

  アメリカやロシアの介入が仮にまったくなく、イランとイスラエルの二国間だけで戦争になったとしても、それは中東全体の大戦争へと発展する。イスラエルは200発の核ミサイルを持っているので、米軍の介入がなくとも、イランを崩壊させる自信を持っているであろう。

 仮にイランのブーシェフル核施設が、イスラエルの通常ミサイルで破壊されたら、1000人のイラン人が即死し、その後、放射性物質によって10万人がガンで死ぬと言われている。イスラエルが核ミサイルを一切使わず、通常兵器のみでイランの核施設を破壊しても、中東に相当量の放射性物質がばら撒かれると思われる。その影響は、イランだけにとどまらず、周辺にも当然およぶ。

 普通に考えると、イスラエルとイランがいくら睨み合っても、両国が戦争になることは考えにくい。まず、イランが先制攻撃をすることは常識的には考えられない。イスラエルが200発の核ミサイルを持っていることも理由だが、自国の原子力施設や原油施設を破壊されることを考慮しても、イランが自ら戦争をしかけることは考えられない。

 また、イスラエルがイランに対して先制攻撃することも、通常の感覚からすると考えにくい。イランにはイラン国内の軍隊のみならず、連携する国外の武装組織がある。パレスチナハマス、ヨルダンやシリアにいるヒズボラレバノンの西部にいるフーシがそうであり、イラクにもシーア派の人達が大勢いる。イランの正規軍のみでなく、それらの連携勢力も含めて全てがイスラエルに攻め込んだら、イスラエルは持ちこたえることができないだろう。核兵器がなくとも、通常兵器のみで、狭いイスラエルはあっというまに壊滅する可能性がある。

 イランは核ミサイルを現状では持っていないと考えられるが、通常ミサイルは多量に持っている。それでイスラエルの都市を攻撃することは可能である。また、レバノンにいるヒズボラは、イスラエルに4万発の通常ミサイルを撃てる能力があると言われている。そうなると、その4万発の通常ミサイルのみでも、イスラエルの北部の都市は大打撃を受けると考えられる。

 アメリカも、イランと戦争することは考えにくい。アメリカ軍は二度のイラク戦争イラク軍を圧倒したが、イラン軍はイラク軍とはレベルが違う。イランには8000万の人口があり、国力、軍隊、兵器の性能が、まったく違うのだ。アメリカがイラクに圧勝したからといって、イランにもそれが通用するということはありえない。仮に、アメリカが圧倒的な武力で攻め込んでも、ヒズボラなどのイラン国外勢力がイスラエルに攻め込んだら、イスラエルはあっというまに危機に瀕する。なので、普通に考えれば、いくら中東情勢が緊迫しても、イランとイスラエルアメリカが戦争することは考えにくい。

 これまで、中東情勢は何度も緊迫し、中東戦争は1948年の第一次を皮切りに四回起きた。その他にもインティファーダ、ガザ攻撃、レバノン内戦、イラン・イラク戦争など、数え切れないほどの紛争が起きている。しかし、中東全体を舞台とする大戦争はまだ起きていない。大戦争に発展する可能性を持つイランとイスラエルの本気の殴り合いは、常識的にはありえないように思える。しかし、問題はイスラエルの国是である。日本の国是は国体の護持(天皇制の維持)であるが、イスラエルの場合は、中東で唯一の核保有国はイスラエルのみであるということである(日本の場合、国是は国民に隠されているが、イスラエルの場合はおおやけにされている)。

 イスラエルは、自分が暴力で先住民を追い払って土地を奪い、その地に建国をしたということを自覚しているから、まわりに恨まれていることをよく知っている。だから、自分だけ核兵器という圧倒的な力を持ち、他国がそれを持たないという状況でないと、国民の心理として、枕を高くして眠ることができないのだ。

 これはアメリカの銃社会と同じ構図である。なぜアメリカの白人、特に南部の白人がライフルをかかえていないと枕を高くして眠ることができないのかと言えば、彼らが暴力で先住民や黒人を虐げたからである。自分が人を虐げると、他人のことも自分と同じ人間と見るので、自分がやったことを相手にやられるのではないかと恐くてしょうがない。だから、先住民を撃ち殺し、黒人を迫害した白人は、他人が恐いのである。

 恐らく、イスラエルも、自分がやったことは他人も自分に対してやる可能性は十分にあると思うだろう。自分が他人に奇襲をしかけるなら、他人も自分に奇襲をしかけてくるかもしれない。だから、自国だけ圧倒的な武力を持ち、他国は核兵器保有しないということでないと、恐くて枕を高くして眠ることができないのだ。

 そのため、中東で核兵器保有できるのは唯一イスラエルのみというのが、イスラエルの国是となっている。だから、中東で最も熱い発火点はイスラエルと言える。もちろん、イスラエル国内にも強硬派と穏健派がおり、一枚岩ではない。いくらネタニヤフ政権が強硬派でも、世論を無視して勝手に他国に対して先制攻撃をすることはできない。

 しかし、これまでの大戦は、複雑な世論や常識的な考えを覆して起ってきた。なので、アルバート・パイクの言うように、イルミナティエージェントが効果的に動けば、複雑で多様な意見を持った世論があっというまに一枚岩になり、戦争が起こるということもありうる。

 この点、アメリカの世論は現在の緊迫した中東情勢について、どのように思っているのだろうか。2019年5月21日、ロイター通信の発表によると次のようになっている。ロイター通信が2019年5月17日~20日、1007人のアメリカ人を対象にした世論調査によると、51%がイランと数年内に戦争になると予想している。日本国民は、アメリカとイランが戦争になり、それに日本の自衛隊も巻き込まれることを想定している人の数はまだ少ないと言えるだろう。しかし、アメリカではどうやら過半数の人がイランとの戦争を将来起きる現実的なものと思っているようだ。

 ただし、米軍によるイランに対する先制攻撃に対して、賛成は12%、反対は60%であり、アメリカ国民のほとんどは先制攻撃に反対である。ただ、12%賛成の人がいるというのは恐るべきことだと言える。日本人の国民感情からすれば、イランに敵対的な人はほとんどいないだろうが、アメリカではそうではないということである。1割以上の人が、米軍が先に攻撃すべきだと思っているのである。

 ただ、アメリカの先制攻撃はアメリカ国民のほとんどが反対である。つまり、アメリカ国民の過半数も戦争を望んでいないのだ。では、イランが先制攻撃をしてきた場合はどうだろうか。回答は、空爆による限定作戦が40%、地上部隊派遣による全面侵攻が39%であり、あわせて報復に賛成という人が80%となった。これは、ちょっとした小競り合いがイラン国内への空爆へと発展することを意味している。

 これを見ると、相変わらずアメリカの世論は真珠湾時代と変わっていないことがわかる。先制攻撃されるかどうかが問題なのだ。しかし、今も昔も戦争においては、相手が先制攻撃をしてきたという事実は、いくらでも捏造できるのである。例えば、ベトナム戦争の発端となったトンキン湾事件がそうである。

 1964年8月、北ベトナムトンキン湾で、北ベトナム軍の哨戒艇が米軍の駆逐艦に2発の魚雷を発射し、北ベトナム軍が米軍に先制攻撃をしたことを理由に、ベトナム戦争がはじまった。アメリカの議会は上院で88対2、下院で416対0という圧倒的多数でベトナムへの空爆に賛成となった。しかし、1971年6月、ニューヨーク・タイムズのニール・シーハン記者が7000頁におよぶ機密文書(ペンタゴン・ペーパーズ)を入手し、トンキン湾事件アメリカにより仕組まれたものであることが暴露された。その後、2001年11月にジョンソン大統領とマクナマラ国防長官の電話会談の内容も公開され、トンキン湾事件ベトナム戦争の口実として使われたことが明るみになった。2005年には機密文書が一般公開となった。

 結局のところ、アメリカの世論はいつの時代でも、先制攻撃されたら百倍以上にしてお返しするという世論である。通常なら戦争反対の国民も、先制攻撃されたとなるとガラッと変わる。戦争をしたい人からすれば、これは利用できる。アメリカ政府としては先制攻撃さえ捏造できれば、難なく開戦できるのだ。後でそれが捏造であったことがわかっても、ほとんど問題とはならない。イラク戦争で開戦の大義となった大量破壊兵器が実はなかったことが後で判明しても、当時戦争を遂行したブッシュ大統領やチェイニー副大統領が死刑になるわけではない。イラク戦争の死者は約50万人と言われている。

 ウソによって戦争がはじまってしまえば、後でそれがウソであることがわかっても、何の罪にもならない。この構造はいつでも変わらず、いつでも使える手段なので、相変わらず使われるのだ。イランにせよ、イスラエルにせよ、アメリカにせよ、戦争がはじまる前の状態では、国民のほとんどが戦争反対である。しかし、先制攻撃されれば、そういう平和的な国民の態度がガラッと変わり、大半が報復に賛成となる。それぞれの国が「相手が先にやったのだ」と主張し、国民はそれを信じてしまう。先制攻撃はいくらでも捏造できるという歴史の常識が、国民の間で共有されていないのだ。

 今のところの世界の雰囲気、特に日本の雰囲気は、まったく第三次世界大戦という雰囲気ではない。トランプ大統領と仲がいい安倍首相には、アメリカとイランとの間の仲介役が期待されているという脳天気な報道がされている。テレビや新聞のニュースは、それぞれの国の国是や利権、戦争になったら誰が儲かるのかといった点については絶対に言わない。それゆえ、脳天気な報道の中で暮らすこの国の雰囲気は極めて平和で、ノホホンとしたものである。

 しかし、情勢はあっというまに変わる。現に、5月になってから、あっというまに中東情勢が緊迫した。常識的に考えれば、いくら中東情勢が緊迫しても、イランとイスラエルが戦火を交えること、つまり中東大戦争が起こるとは考えにくい。しかし、これから先は、そうした常識的な考えがどこまで保全されるのかわからない。