戦争と平和、そして無記

国際政治や歴史、およびその根底にある人類の心のメカニズムについて考察していきます。

第二十七回 CSIS、その歴史と日本との関係(5)

1.植民地支配の四層構造

 外国での布教活動は、極めて困難な事業である。言葉が通じない。文化や価値観も違う。現地の人達はキリスト教をまったく知らない。知る必要もない。そうなると、イエズス会の神父たちがいくら優秀で、かつ事前調査がいくら綿密であっても、布教は不可能に近い。となると、この不可能を可能にするためには、現地人の忠実なエージェントが必要となる。

 青い目の南蛮人だけで乗り込んでも、現地人からの信頼は得られない。それゆえ、フランシスコ・ザビエルには、現地人のエージェントが必要であった。それがヤジロウであった。ヤジロウはバイリンガルであり、かつ、ザビエルを深く尊敬していた。つまり、ヤジロウは青い目の神父と日本人との仲介役として、最も適任だったのだ。

 このような、イエズス会が経験した布教活動の様々な苦労とノウハウは、その後のヨーロッパ諸国のアジア・アフリカ植民地支配に大いに役に立った。植民地支配は暴力だけではできない。仮に戦争に勝って、征服に成功しても、暴力だけでは統治ができない。現地人が支配者の言うことをきくようにならなければ、植民地支配は不可能である。

 となると、戦争と征服の前段階として、綿密な現地調査が必要である。現地調査のためには、国内に調査機関が必要であり、そのセンターとしての研究所や大学が必要である。人材育成も必要である。となると、外国を侵略して植民地支配するためには、自国内に巨大な学術センターが必要である。そこで集積されたIntelligenceやStudyが、現場の軍人や官僚や政治家の行動のための指針となる。

 その指針をもとにして、宗主国から送られた人材が現地で働く。しかし、実際に現地で暮らす彼らは、マニュアルにない様々な困難に直面する。そうした経験も大変に貴重なものである。その経験を本国に持ち帰って、センターに集積する。それが、その後のより発展的な植民地支配に役立つ。こうして、植民地と本国とのIntelligenceの円環運動が繰り返され、支配のノウハウは深まっていくのである。

 アメリカと日本の関係で言えば、現地で実践にあたる人材が、軍人や大使館職員、CIAやNSAの職員、アメリカ企業の日本支社の社員などである。彼らは日本に住んでいる。これに指令を与えるのが本国政府であり、要は本店の人間達である。そうした本店と支店とのやり取りと経験を、全て集積するセンターがある。それが学術センターである。この三つが、植民地支配のための三角形として必要である。

 ただ、この三角形だけでは植民地統治はできない。ここに、現地人のエージェントというファクターが必要不可欠となる。アメリカ人だけで日本を支配することは絶対にできない。これは絶対原則であるから、手先となって宗主国のために働いてくれる忠実な日本人が必要である。つまり、植民地支配という大事業を行うためには、現地で働く人材、本店の人間、学術センター、現地人の手先という四角形が必要不可欠なのである。

 

植民地支配の四層構造

Ⅰ.現地で働く宗主国の人間達(軍隊、大使館、スパイ、企業の現地支社)

Ⅱ.本国の植民地管理部門の人間達(政治家、官僚、軍人、大企業経営者)

Ⅲ.学術情報センター(大学や研究所)

Ⅳ.現地人のエージェント(現地人の政治家、官僚、大企業経営者、学者、マスコミ)

 

2.戦後のヤジロウ

 ヤジロウは、尊敬するザビエルやイエズス会のために、粉骨砕身、生涯を捧げて働いた。これと同じように、GHQは日本を統治するにあたって、優秀な日本人エージェントを必要としていた。ただ、いかに優秀であっても、アメリカに対して謀反を企てる人物ではいけない。しかし、単なる無能な忠犬であってもダメだ。つまりその人材は、愛国心に薄く、平気で祖国を裏切るが、アメリカのことは裏切らず、かつ優秀でなければならない。こうした難しい条件下でのリクルーティングが、GHQには必要となった。

 この困難な要件を充たす人物がいた。それが岸信介(1896-1987)である。岸は開戦時の東条内閣の商工大臣であったから、普通ならA級戦犯として起訴されており、とても総理大臣になるどころではなかったはずである。しかし、岸を調べたGHQは、この人物こそがエージェントにふさわしいと判断した。そのため、岸は戦犯として処刑されず、日本国の総理大臣となったのである。

 

なぜ岸信介は「A級戦犯」として起訴されなかったのか(魚住昭

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/49940

 

岸信介とCIAの密接な関係 自民党にも金の流れ?

https://dot.asahi.com/wa/2013051700001.html?page=1

 

3.ヤジロウの細分化

 岸だけでなく、賀屋興宣正力松太郎児玉誉士夫笹川良一、田中清玄、笠信太郎緒方竹虎、野村吉三郎といった錚々たるメンバーがCIAのエージェントとなった。要は、政界、財界、暴力団、右翼、左翼、マスコミのボスたちが、CIAのエージェントになったのである。

 

中央情報局

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E6%83%85%E5%A0%B1%E5%B1%80

 

 ただ、その後日本が発展し、経済力や人口も増大し、国民の知的教養や知識量も増えるに従って、より細かいところでエージェントが必要になった。各界のボスだけを押さえておけば全国を支配できるという状況ではなくなったのだ。そのため、下記のページにあるように、中間管理職的な地位の新聞記者に対しても、CIAは資金援助するようになる。

 最初、ヤジロウは一人だった。しかし、今では何人いるのか、恐らく数えることは不可能であろう。こうして、各界のボス猿を手下にするような植民地支配のシステムから、より細かいものへとシステムは進化した。その支配網は、今では日本の毛細血管にまで行き渡っているのである。

 

CIAスパイ養成官キヨ・ヤマダ、日本企業に今も残る「教え子」たちの影響力

https://diamond.jp/articles/-/213851