戦争と平和、そして無記

国際政治や歴史、およびその根底にある人類の心のメカニズムについて考察していきます。

第四十六回 イランに対する経済制裁、その意味(2)

1.制裁と援助

 アメリカはイランに対して強力な経済制裁を行っている。制裁の内容は多岐にわたるが、その主なものは、イランと取引する企業に対して、アメリカとの取引を停止するというものである。例えば、イランと原油の取引をした企業は、アメリカに持っている銀行口座を凍結される。これによる損失は莫大なものとなるので、大手商社のほとんどはイランとの取引を諦めざるを得ない。世界の大手企業のほとんどは、アメリカに支店と銀行口座を持たなければ商売ができないからである。

 わかりやすく言えば、アメリカはイランと取引をしている各国企業に対して、イランの原油を取るか、それともアメリカの銀行口座を取るかの二択を迫るわけである。これにより、ほとんどの企業はアメリカの口座を選択するため、イランは原油の売り先を失うわけである。

 具体例をあげれば、インドである。インドはイランの原油を諦めた。ハルシュ・ヴァルダン・シュリングラ駐米大使は、2019年5月23日、インドによるイラン産原油の完全輸入停止を発表した。インドは2019年4月に100万トンの原油をイランから輸入して以来、イラン産原油を一切輸入していないと大使は述べている。詳しくは第十一回ブログを見ていただきたい。

 他方、アメリカはイランの反政府勢力に対しては資金援助をしている。例えば、第十四回ブログで紹介したバルーチ人勢力である。イランは民族的にはペルシャ人、宗教的にはイスラムシーア派の国家であるが、バルーチ人は民族が異なり、宗教的にもスンニ派である。CIAは彼らを援助しているが、詳しくは第十四回ブログをご覧いただきたい。

 これよりもさらにアメリカと密接な結びつきを持っているイランの勢力が、ムジャヒディン・ハルク(モジャーヘディーネ・ハルグ People’s Mujahedin of Iran PMOI あるいはMEK、MKO)である。バルーチ人の場合にはCIAがこっそりと資金援助をしているというレベルであるが、ムジャヒディン・ハルクの場合にはもっと大がかりである。アメリカの保守層は、イランの現政権を転覆し、ムジャヒディン・ハルクの代表であるマリアム・ラジャビ(Maryam Rajavi)を大統領に据えたいと思っている。

 

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Maryam Rajavi

 ムジャヒディン・ハルクと密接な結びつきを持っているアメリカの政治家が、トランプ政権で安全保障担当の補佐官を務めたジョン・ボルトン(John Bolton)であり、元ニューヨーク市長のルドルフ・ジュリアーニ(Rudolph Giuliani)である。ジュリアーニは現在、トランプ大統領の顧問弁護士チームの一員である。

 

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Maryam Rajavi and John Bolton

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Maryam Rajavi and Rudy Giuliani

2.差別をしながら、資金援助をする

 トランプ大統領は就任以来、イスラム教徒に対する差別的な発言を繰り返している。

 

トランプが「イスラム教徒の女性国会議員」を全力で罵倒している理由

https://newspicks.com/news/4098991

 

 トランプはイスラム系の女性国会議員たちに対して、「彼女たちは国に帰ればいい」と言うわけだが、彼女たちは生まれも育ちもアメリカなのであるから、帰るべき国はアメリカに他ならない。もしトランプが彼女たちを人種的に純粋なアメリカ人と認めないなら、トランプ自身も純粋なアメリカ人ではないということになる。純粋なアメリカ人は、ホピ族などのネイティブ・アメリカンのみということになり、ヨーロッパ系移民の子孫であるトランプも純粋なアメリカ人ではないということになるからだ。

 ただ、トランプがこうしたバカげた人種差別発言を繰り返すのは、支持率のアップのためであり、それで喜ぶアメリカ人がある一定数存在するからである。選挙というものは、全国民に薄く広く好かれるよりも、特定層からの強力な支持を得る方が大事である。トランプの場合は、労働者階級の白人男性からの支持が欲しいために、有色人種の女性をバカにして、そういった白人男性を喜ばせようとするのだ。

 そうした選挙戦略の陰で、トランプ政権は、女性でありイスラム教徒であるムジャヒディン・ハルクのマリアム・ラジャビを熱烈に支援している。それは彼女をトップとした傀儡政権をイランにつくりたいという思いであり、それがアメリカの言う「中東の民主化」戦略である。

 「民主化」というと聞こえがいいが、実質的にはそれは「民営化」である。それは民衆のための民主主義ではなく、資本家のための資本主義である。「民営化」については、第二回ブログを参照していただきたい。

 

イラン政権転覆を狙う反体制派が抱える闇

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/10/post-13260.php

 

3.忠犬は使い終わったら捨てられる

 ムジャヒディン・ハルクは、現在のイランにおいては反政府テロ組織と認定されているため、マリアム・ラジャビをはじめとしたムジャヒディン・ハルクのメンバーがイランに入国すれば、即刻逮捕であり、即刻死刑であろう。そのため、ラジャビを中心としたムジャヒディン・ハルクのメンバーは、現在アルバニアに拠点を持ち、そこで生活をしている。

 

アルバニアにイラン反体制派の拠点

https://www.worldtimes.co.jp/world/eu/97245.html

 

 アルバニアは、自国内にムジャヒディン・ハルクの拠点を用意するかわりに、アメリカから資金援助を受けている。それはトランプ政権にはじまったことではなく、オバマ政権から現在まで続いている構図である。

 

タンカー攻撃、自作自演だった。見えてきたトランプ政権と実行組織のつながり

https://www.mag2.com/p/money/714694/3

 

 イランの現政権を滅ぼし、後釜にムジャヒディン・ハルクを据えるというアメリカの思惑は、現段階では極めて難しいだろう。ムジャヒディン・ハルクはアルバニアに拠点を持っているが、イランには一歩も入れない状況であるし、イラン国民の多数派からすれば、ムジャヒディン・ハルクは売国奴である。仮にアメリカが戦争でイランを打ち負かしても、現在のイランの国民感情からすれば、後釜にムジャヒディン・ハルクを据えるのは不可能に見える。

 ただ、アメリカが望むのはイランの政権転覆であり、その後の「民営化」である。アメリカからすれば、アメリカの言いなりになる政権がイランに据えられればそれでいいのであり、必ずしもムジャヒディン・ハルクである必要はない。

 来るべき戦争にアメリカが勝利するためには、イラン国内の分裂が今以上に加速化する必要がある。そのための道具の一つとして、アメリカはムジャヒディン・ハルクを利用するつもりなのだろう。つまり、ムジャヒディン・ハルクという忠犬は、アメリカに捨て石として使われて終わりという可能性もある。

 ウェスリー・クラークが見た米軍が滅ぼす国家のリストの最後には、イランが載っていた。彼がそのメモを国防総省で見たのは、911事件の10日後である(詳しくは第一回ブログを参照)。現在は2020年であるから、イランを滅ぼすという計画は20年以上前からあったということである。

 アメリカはトランプ政権になってから核合意(JCPOA Joint Comprehensive Plan of Action 包括的共同行動計画)から離脱し、イスラエルとの結びつきを強め、反イランの立場を鮮明にしている。しかし、ムジャヒディン・ハルクのためのアルバニア支援はオバマ政権からはじまっているのであるから、トランプ政権になっていきなりアメリカが反イラン国家になったわけではない。

 そこから考えると、経済制裁を含めたトランプ政権の対イラン政策の数々も、アメリカの長年にわたる計画の実行にすぎないと考える方が現実的ではなかろうか。